
原題は「دانهی انجیر معابد」英題は「The Seed of the Sacred Fig」
熱帯雨林で最も背の高い木のひとつ「聖なるイチジクの木」は
別名「窒息する木」とも呼ばれ
その種は鳥の糞を通じて他の木に落ちると、木の幹で発芽し
やがて宿主の木を取り囲み締め付けていくことから
神権政治体制の象徴に例えられてているそうです
国家や家父長制の特権のため、信仰を盾にして庶民
特に女性を締め付けていることに例えているんですね
(逆に仏教では、ブッダが悟りを開いた菩提樹として崇拝されているそうです)

アカデミー賞国際長編賞ノミネートのドイツ代表のイラン作品で
カンヌ国際映画祭では特別賞受賞
監督のモハマド・ラスロフには逮捕・投獄歴があり
キャストやスタッフにも危険が及ぶ可能性があることから
映画の多くのシーンは監督不在で(オンラインで指示を出し)秘密裏に撮影
しかしカンヌの選考が発表されると
イラン当局は政府を批判したとして俳優や代理人を尋問
ラスロフに8年の禁固刑、むち打ち、罰金、財産没収の実刑判決が下り
ラスロフはノウルーズ(イラン歴のお正月)の休暇を利用して撮影を終わらせると
チームの何人かと共に徒歩でイラン国境を越え、ドイツへの亡命に成功
撮影した映像をハンブルクに持ち込み
実際の抗議デモや警察による暴行の映像を加え映画を完成させ
カンヌのレッドカーペットにも参加することが出来たそうです

序盤は両親、娘たち世代の違うそれぞれの考えにスポットを当て
中盤は良質はミステリー
終盤は仕事のプレッシャーと、神宗と現実の板挟みで
父親がサイコ化していまうという、まさかの「シャイニング」(笑)
とても短い期間で撮影したとは思えない、見事な編集だったと思います

イラン共和国テヘランで20年にわたる勤続の末、裁判所の調査官に昇進したイマン
妻ナジメはこれで官舎に住めると大喜び
さらに2~3年務めると判事に昇格できるかも知れない
そうなったら一生安泰な生活が待っているんですね

その代わり些細な失敗でもエリートコースから外れてしまう
大学生と高校生のレズワンと妹サナ2人の娘にも父親の仕事を考慮し
服装や素行やSNSでの言動をわきまえ、友だちも選ぶよう促します
そんなとき、クルド系のマフサ・アミニという22歳の女性が
ヘジャブ(スカーフ)で適切に覆っていなかったとして道徳警察に拘束され
3日後に死亡するという事件が起き各地で抗議デモが起こります
このニュースは日本でも大きく報道されました

イマンは調査無しの有罪判決を判事命令ですることに疑問を抱きながらも
抗議デモのせいでおびただしい数の逮捕者に調査どころではありません
仕事柄、危険が及ぶ可能性があると護身用の拳銃を支給されます
デモで大学の寮が閉鎖になり、レズワンは親友のサダフを家に招きます
サダフはネイルしたり、眉が細かったり西洋的お洒落な女の子
ナジメは内心、娘たちがサダフと付き合うことに反対しています

翌日、ナジメが娘たちを学校まで送るとすぐに妹サナから
学校が閉鎖になり迎えに来てほしいと連絡が入ります
だけどレズワンにはナジメが何度電話しても繋がらない
夜になり「ナプキンがない」とサナが言い、買い物に出るナジメ
その隙にサナはレズワンとサダフを部屋に匿います
だけどサダフの顔半分は散弾銃で撃たれて潰れ、血を流しています
病院に行ったら逮捕される、母親に助けを求めるしかありませんでした
ナジメはサダフの顔から弾をひとつひとつ取り出し応急処置を施すと
タクシーを呼んでサダフを帰らせますが
サダフが逮捕され行方不明になったことがわかります

レズワンにサダフを助けて欲しいと懇願されるナジメ
ナジメは仕方がなく(夫の同僚で友人でもある)アリレザの奥さんに
夫にもアリレザにも内緒でサダフの居場所を教えて欲しいと頼みます
アリレザの奥さんは探すのにはその子のID番号が必要だと答えます

一方でナジメは、仕事で毎晩疲弊して帰宅してくる夫も献身的に支えていました
料理や掃除や洗濯だけじゃないんですよ
帰ったらすぐ労いの言葉をかけ、温かいお茶を出す
夫の髪を切り髭を整え、身支度の用意
路頭に迷うこともなく、いまの生活があるのは全て夫のおかげ
家長はただの稼ぎ主じゃない、一家のエンペラーなんです

でもネットで情報を得ているイマドキの娘たちは違うんですね
そこにあるのは理想ではなく、目に見える現実
科学も人間も進化しているのに、神法だけは大昔のまま
デモに参加したというだけで若者たちが殴られ、血を流して倒れている

親と子の考えは平行線、そんなときイマンの銃が無くなります
その夜妻は窓の外の暴動を見ていた
妻に声をかけいつもの引き出しにしまったはず
はっきりとした記憶はない、疲れ果てていたから

もしかしたら、反体制派に刑罰を下す仕事をしている父親への反抗で
娘たちが隠したのかも
だけどレズワンは父親が銃を持っていたことさえ知りませんでした

出勤したイマンが上司にそのことを伝えると、拳銃を紛失したことが発覚したら
信用を失うばかりでなく解雇され服役することになる
何としても拳銃を見つけなければいけない
銃が亡くなったのは家庭内で間違いない、母親とは身内を庇うもの
家族にはカウンセリングだと嘘をつき
(イマンのポストを狙っている?)アリレザから尋問を受けるようアドバイスします
アリレザは暴力など使わない
ちょっとした言葉でも犯人を見分けることのできるプロだと

確かに尋問と言っても、私たちが思う拷問と違う
質問の書いた用紙に答えを書いて渡すもの
アリレザの見解も姉妹が犯人であるということでした

そこにイマンのことを「処刑人」だと
イマンの職場、顔、住所の個人情報すべてがSNSに投稿されます
上司はイマンに予備の銃を与え(一瞬上司が銃を盗んだと思った)
イマンは娘たちと幼少期を過ごしたことのある
山岳地帯にある祖父母の実家に身を隠すことにします

途中で寄ったガソリンスタンドで、カップルに動画を撮られたイマンは
彼らを「煽り」荒野に追い詰め銃で脅迫、スマホを取り上げます
消えたはずの銃をなぜ父親が持っている?
そのときサナが姉のレズワンに、自分が銃を盗んだことを明かします
まさかまだ幼い子どもだと思っていたサナが犯人だなんて
銃を座席のポケットに隠すレズワン

祖父母の家にたどり着いたイマンはインスタントだけど豪華な食事を用意したり
ビデオカメラで、かって家族円満だった頃の映像を見せます
自分が「いい夫、いい父親」であることを見せつけ
母娘に「銃を盗んだ」自白を強要させるため

だけど、どんなに夫を愛していても、命を懸けることが出来るのは子ども
ナジメは娘たちを守るため、銃を盗ったのは自分だと言います
違う、ママじゃなく私だとレズワン「銃は外にある」
でも車のポケットに隠したはずの銃はありませんでした
レズワンとナジメを独房に閉じ込めるイマン(どういう実家だ? 笑)

その間に銃を持って逃げたサナは納屋に隠れYouTubeで銃の使い方を見ています
さらに父親をスピーカーの音楽で納屋におびき出し
ツルハシを閂(かんぬき)の代わりに使い閉じ込める
レズワンと母親を独房から救い出し遺跡後に逃げ
イマンは納屋の扉を破り妻と娘を追う

イマンがナジメを捕まえた悲鳴に、レズワンとサナは母親のもとに向い
サナは父親に銃を向け、イマンもまたサナに銃を向ける
サナが地面に向かって撃つと、地面は崩れ落ち
イマンは土に埋もれ息絶えてしまうのでした

だけど、誰ひとりとして本当に悪い人間なわけではない
祖国や家父長制への批判と同時に、愛も感じる作品でした
【解説】映画.COMより
家の中で消えた銃をめぐって家庭内に疑心暗鬼が広がっていく様子をスリリングに描いたサスペンススリラー。2024年・第77回カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、第97回アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされるなど高い評価を獲得した。
「悪は存在せず」などで国際的に高く評価されながらも母国イランでは自作映画で政府を批判したとして複数の有罪判決を受けたモハマド・ラスロフ監督が、2022年に1人の女性の不審死をきっかけに起きた抗議運動を背景に、実際の映像も盛り込みながら描きだす。テヘランで妻や2人の娘と暮らすイマンは20年にわたる勤勉さと愛国心を評価され、念願だった予審判事に昇進する。しかし仕事の内容は、反政府デモ逮捕者に不当な刑罰を下すための国家の下働きだった。報復の危険があるため家族を守る護身用の銃が国から支給されるが、ある日、家庭内でその銃が消えてしまう。当初はイマンの不始末による紛失と思われたが、次第に妻ナジメ、長女レズワン、次女サナの3人に疑惑の目が向けられるように。捜索が進むにつれて家族でさえ知らなかったそれぞれの顔が浮かびあがり、事態は思わぬ方向へと狂いはじめる。
2024年製作/167分/G/ドイツ・フランス・イラン合作
原題または英題:The Seed of the Sacred Fig
配給:ギャガ