原題は「Nitram」
1996年4月28日、オーストラリア・タスマニア島のポート・アーサーで
死者35人、23人が負傷した無差別銃乱射による大量殺人事件
「ポート・アーサー事件」
その27歳の犯人、マーティン・ブライアント(Martin John Bryant)の
「Martin」を逆さ読みにした彼のあだ名が「Nitram」
英語圏では逆さ読みが蔑称になるんでしょうか
知的障害のある「ノロマでバカ」というレッテルを貼られ
幼いころから同級生や地域の住民から「ニトラム」と呼ばれてきたマーティン
冒頭の七歳の頃に花火で火傷を負って入院ときのインタビューでは
これに懲りて花火は止めるかの質問に「もちろん続ける」と笑顔で答える
彼が幼い頃からトラブルメーカーだったことがわかります
その通り大人になっても花火遊びがやめられず
騒音で近所の住人から迷惑がられています
それだけでなく二トラムは見栄っ張りで嘘をついたり
迷惑行為を繰り返したりします
(そのひとつの例が、運転中のハンドルを助手席から引っ張る癖)
田舎の、それも「島」という閉鎖的なコミュニティで嫌われ
村八分にされるというのは、家族にとっても辛いもの
母親(ジュディ・デイビス)はもう諦めたのか、二トラムに冷たい
息子には興味がない、自分とは関係ないと言わんばかりに冷たい
一方の父親は(アンソニー・ラパリア)は甘やかしがちで
二トラムのため観光地にコテージを買い、彼と共同経営しようと考えています
ある日、ニトラムは海岸でライリーという女性に出会います
ニトラムはライリーのサーファーの彼氏、ジェイミーに憧れ
自分もサーフィンをしようとしますが
ボードを買う金を母親が出さなかったため、芝刈りで稼ごうとします
そこで芝刈りを頼んでくれたのがヘレン(エッシー・デイヴィス)でした
が、芝刈り機が壊れていて動かず
代わりにヘレンは犬たち(多頭飼いしている)の散歩を二トラムに頼みます
ヘレンは自称元女優ですが、二トラムと同じように社会と隔絶して暮らし
やはり同じように孤独でした
二トラムと親しくなると車やサーフボードを買い与え
やがて一緒に暮らすようにまでなります
(性的な関係というより、唯一の友だちとして二トラムを受け入れた感じ)
誕生日にヘレンを両親に紹介した二トラム
二トラムと親子ほど年の離れたヘレンを母親はよく思うはずもありません
二トラムが車の免許を持っていないことを打ち明け
彼が幼い頃、迷子になったふりをして
心配して狼狽える母親の姿を見て喜んでいた話を聞かせます
それは母親の愛情を確かめるための行動だったのかも知れませんが
確かに二トラムには手がかかり、なにをしでかすかわからない
ヘレンの庭でエアライフルで遊び始め、本物の銃が欲しいと頼む
「この家に銃はいらない」と拒否するヘレン
二トラムにねだられ、ロサンゼルス旅行に行くことになったふたり
空港に向かう途中、二トラムはいつもの悪ふざけで
ヘレンが運転する車のハンドルを引っ張ると車は道路から外れ
ヘレンは事故死してしまいます
警察の質問に「眠っていたから何が起きたか分からない」と
保身のため嘘の証言をするニトラム
ヘレンの家と50万ドル以上の大金を相続すると
再びひとりぽっちで孤独になったニトラムは
ヘレンが死んだ口惜しさと、どこにもぶつけようのない怒りで
酒に依存し始めます
ニトラムは、ジェイミーの通うパブに行き彼に近づくと
ジェイミーは二トラムに女を口説くよう命じます
女性に声を掛けられない二トラムを
(蔑称の意味を込めて)「ニトラム」と呼ぶジェイミー
ジェイミーに馬鹿にされ悔しい気持ちを抑える二トラム
さらに父親が購入を予定していたコテージが
裕福な老夫婦に買い取られてしまいます
ショックで寝たきりになった父親を、ニトラムは殴り
数日後、(自殺したと思われる)父親は遺体となって近くの川で発見されます
父親の葬儀に派手なスーツで現れ、母親に帰るよう促され
ニトラムはヘレンの遺産でコテージを買い戻そうとしますが
すでに正式な購入手続きを済ました老夫婦に断られてしまいます
ヘレンと行くはずだったロサンゼルスを一人旅してみますが
ますます孤独は募るばかり
帰国した二トラムは銃器店で半自動小銃や拳銃を大量購入すると
(お金さえあれば本当に簡単に手に入るんだな)
ジェイミーに会いに行き拳銃を贈ろうとします
ジェイミーは驚き、ニトラムに異変を感じるて
逃げるように去ってしまいました
そうしてひとり射撃訓練を始めた二トラムは
スコットランドの小学校で起きた銃乱射事件のニュースを見ます
ニュースでは犯人を「はみ出し者」「孤独」「変人」と報道していました
二トラムは汚れ散らかっていたヘレンの家を綺麗に片づけると
犬たちを車に乗せて住宅街で解き放つ
それからコテージを再び訪れ老夫婦を射殺
その後、彼の誕生日を祝ったカフェに行きフルーツカップを食べると
録画ボタンを押したビデオカメラをテーブルに置き
鞄から銃を取り出し乱射をはじめるのでした
この虐殺事件がテレビから流れるなか、ニトラムの母親はひとり
自宅のバルコニーでたばこを吸っていました
確かに二トラムの内にはモンスターがいたのでしょう
そのことに母親は気が付いていた
でも他人を傷つけたり、殺めたりするものではなかった
モンスターがいつ目ざめ、その残虐性が育っていったのか
老夫婦への逆恨みだけでなく
なぜ大量無差別殺人でなければならなかったのか
もし母親が優しく愛情を諦めずに育てていたら違ったのか
もしヘレンが死んでいなかったら違ったのか
もし精神科医の治療を続けていれば
もし父親がコテージを買えていたなら
もし父親が自殺しなかったら
もしジェイミーに蔑まれていなかったら
違ったのか
二トラムが犯行に及んだ理由は孤独
彼なりの自己保身のためだけであり
決して許されることではありませんが
彼を止めるチャンスは何度もあったはずなのに
(ヘレンと父親が死んでからは)
誰も彼を相手にしない、係わりを持ちたくない
だから止める人も現れない
せめてジェイミーが銃を受け取ってくれて
警察に届けてくれたら事件はおこらなかったのに・・
そしてもうひとつ、孤独な彼は母親や周囲から注目を浴びたかった
「花火」も「迷子」もそのため
「ハリウッド映画」が好きで、自分のことをビデオ撮影しています
そして行きついた先の答えが
スコットランド(ダンブレーンの虐殺、犯人は犯行後自殺)のような
大量殺人を行えばニュースになる
ビデオに撮れば映画にもなるかも知れない
そうしてその通りになります
35の終身刑のほか135年の刑に服しているそうです
まだ生きているのにこのようなストーリーで映画化されるのが凄いところですね
日本だったら「遺族のことを考えろ」という批判で
炎上すること間違いなしです
【解説】映画.COMより
1996年4月28日、オーストラリア・タスマニア島の世界遺産にもなっている観光地ポートアーサー流刑場跡で起こった無差別銃乱射事件を、「マクベス」「アサシン クリード」などで知られるオーストラリアの俊英ジャスティン・カーゼル監督が映画化。事件を引き起こした当時27歳だった犯人の青年が、なぜ銃を求め、いかに入手し、そして犯行に至ったのか。事件当日までの日常と生活を描き出す。1990年代半ばのオーストラリア、タスマニア島。観光しか主な産業のない閉鎖的なコミュニティで、母と父と暮らす青年。小さなころから周囲になじめず孤立し、同級生からは本名を逆さに読みした「NITRAM(ニトラム)」という蔑称で呼ばれ、バカにされてきた。何ひとつうまくいかず、思い通りにならない人生を送る彼は、サーフボードを買うために始めた芝刈りの訪問営業の仕事で、ヘレンという女性と出会い、恋に落ちる。しかし、ヘレンとの関係は悲劇的な結末を迎えてしまう。そのことをきっかけに、彼の孤独感や怒りは増大し、精神は大きく狂っていく。「アンチヴァイラル」のケイレブ・ランドリー・ジョーンズが主人公ニトラムを演じ、2021年・第74回カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞した。
2021年製作/112分/G/オーストラリア
原題または英題:Nitram
配給:セテラ・インターナショナル