
早稲田松竹にて「ロシアンリアリズムの深淵(しんえん)」2本目
原題は「Восхождение」(昇天)
原作はヴァシル・ビコフが1970年に発表した小説「ソトニコフ」(主人公の名前)

監督のラリーサ・シェピチコは
ソ連映画の巨匠アレクサンドル・ドヴジェンコに師事し
モスクワの映画大学(VGIK)ではアンドレイ・タルコフスキーと同期
才色兼備の持ち主で「マドンナ」と呼ばれ
38歳のとき本作でベルリン国際映画祭金熊賞を女性監督として史上2人目で受賞
世界的な名声を得たものの、1979年ロケハンに向かう車が大型トラックと衝突
彼女を含むスタッフ全員が即死するという衝撃的な結末を迎えます

シェピチコの夫エレム・クリモフは
彼女が撮るはずだった「Farewell 」(さらばマチョーラ)を
「別れ」(1981)というタイトルで完成
次作「炎628」も、シェピチコの精神を受け継ぎ作られたそうです

ラリーサ・シェピチコとエレム・クリモフの結婚式の様子

ドイツ占領下の冬のベラルーシ
パルチザン部隊の食料を調達しに行ったふたりの兵士がドイツ兵に見つかり
尋問を受けると、ひとりは「人間の尊厳」こそ大事だと処刑台に立たされ
ひとりは「生きてこそ戦える」とドイツ軍の犬となり命を救われます
つまり表向きはパルチザンの抗争を描いた戦争映画ですが
実態はイエスの象徴とユダの象徴
「聖書」(キリストの受難)のメタファー(比喩)なのだそうです

シェピチコがなぜ「キリストの受難」をテーマにしたかというと
本作の制作前、脊椎の負傷を患ったのと同時に妊娠
自分が死ぬかもしれない重傷と、命の誕生を同時に経験したことから
「死に直面したとき、人はどうあるべきか」という疑問を
「キリストの受難」に見出したからだといいます

当時のソ連では無神論が国の方針でしたが
ロシア人の多くにはキリスト教的な象徴主義
(”目に見えない”夢、神秘、死や苦悩など人の内面感情)が根付いていて
主演のボリス・プロトニコフを選ばれたのも
彼の顔がイコン(キリストの肖像画)に似ていたからだそうです

1942年、冬のベラルーシ
ドイツ軍による大規模な掃討作戦から逃れ
雪深い森の奥深くにある本隊の宿営地を目指していた、いちパルチザン部隊
しかし食料は尽き、病人と怪我人ばかり
このままでは本隊に辿り着く前に餓死してしまう
部隊長は(頑丈そうな)兵士ルイバクに
いちばん近い村へ食料調達に向かうよう命じ
彼に同行することになったのが、元数学教師のソトニコフでした

ルイバクはその村に、かって彼を匿ってくれて恋に落ちた女性がいることを
(戦時下で結婚には至らなかった)ソトニコフに教え
会えることを期待していましたが
その村はすでにドイツ軍に焼き払われていました

その先の村の裕福な村長の家で(ふたりは村長をドイツ軍の協力者だと思う)
羊を手に入れ森に戻ろうとしますが
ドイツ兵に見つかり、銃撃戦の末ソトニコフはドイツ兵のひとりを倒しますが
足を撃たれ負傷
持っていた銃で自殺しようとしているところをルイバクに助けられ
ルイバク彼を抱きかかえ近くの民家へ逃げ込みます
そこには3人の幼い子どもたち

母親のデムチハが帰って来るのと同時に
ドイツ兵と(ドイツ軍に協力している地元の)警察が
ドイツ兵殺しの捜査にやって来て
デムチハは屋根裏にふたりを隠しますが
(肺を患っている)ソトニコフが大きな咳をしてしまい
(子どもを置き去りにできないと抵抗する)デムチハと共に連行されてしまいます

ドイツ軍に支配されているその村は親衛隊の活動の拠点になっていて
彼らを待っていたのは尋問官ポルトノフ(ベラルーシ人)による過酷な取り調べでした
最初にソトニコフが呼ばれますが 、一切の情報を明かすことはなく
激しい拷問の末、死を覚悟した彼はむしろ穏やかな表情さえ浮かべていました
一方のルイバクはポルトノフの質問に軽々しく答え
ポルトノフがドイツ軍に協力する(補助)警察になれば命は助けると提案すると
さすがにそれは出来ないと悩みます
答えは処刑が執行される翌朝まで待つというポルトノフ

ソトニコフと同じ牢に閉じ込められたルイバクは
胸に焼き印を入れられた瀕死のソトニコフの姿にショックを受け
ルイバクは「死んではおしまいだ」
「生き残るために、今は嘘をついて(ドイツ軍に)協力するふりをしよう」
「後で逃げ出せばいい、生きていればまた戦える」とソトニコフを説得します
しかしソトニコフは「自分の尊厳を汚してまで生きることに価値はない」と
ルイバクの提案を拒否します

同じ牢にデムチハも投獄され、次に(羊を盗まれた)村長も投獄されます
ふたりはルイバクとソトニコフが偶然入った家の住民というだけなのに
パルチザンの協力者という容疑で逮捕されたのでした

さらにバーシャというユダヤ人の少女が
捕らえられ匿っていた人物を白状するよう拷問を受けますが
命の恩人の名前を明かすことなく捕らえられます
デムチハと村長はバーシャの面倒を見ていた人物を知っていて
かっては尋問官ポルトノフとも隣人で親しかったことがわかります

夜が明け、 ルイバク、ソトニコフ、デムチハ、村長、バーシャの5人は
雪の積もった村の広場に設置されている処刑場へと行進させられます
デムチハは3人の子どもたちの行く末を心配するあまり取り乱し
バーシャを保護していた人物の名前を明かそうとしますが
村長にたしなめられ我にかえります
同胞を裏切ったところで、子どもの安全が保証されるわけじゃない
全ては罠なのです

ところがドイツ軍の幹部と去ろうとしているポルトノフを見つけたルイバクは
「自分は役に立つ人間だ」「情報をすべて話す」
「警察員として働かせてくれ」と懇願します
ポルトノフが幹部に相談すると
5つの縄が吊るされている処刑台に4人だけ立たされ
ルイバクはソトニコフの足台を外すよう命じられます(絞首刑の執行)

広場には見せしめのため村人たちが集められ
そのなかのひとりの少年がパルチザンの帽子をかぶってる
重傷で歩くのもままならないソトニコフでしたが
自ら処刑台に上がると、少年に微笑むのでした

絞首刑後、ルイバクはドイツ兵から絞首刑執行の見事さを讃えられ
村人たちからは軽蔑の眼差しを向けられます
そのとき「生きてこそ戦える」「死んだらおしまい」というルイバクの信念は
「なぜ自分だけが生き残ったのか」という罪悪感に変わります
これはサバイバーズ・ギルト(Survivor's guilt/生存者罪悪感)といって
戦争だけでなく、自然大災害や事故・事件など
多くの死や家族を失う出来事で自分だけが助かった際
「死んだ人に申し訳ない」「自分の行動が他者の死を招いたのではないか」と
誰にでも起こりうる心理状態

だから私たちはルイバクの行動を軽蔑しながらも
彼が抱えることになる苦悩もよくわかるんですね
トイレで首を吊って自殺しようとするものの、失敗
死んで謝罪するも許されない
そのとき村の門が開け放されたままになっているのを見たルイバクは
脱走を試みたものの、冷たい雪原に崩れ落ち絶叫するだけでした
かつての仲間も、故郷も、恋人も、もはや存在しない
もうどこにも行く場所などないことを悟るのです
【解説】早稲田松竹アーカイブより
ナチス・ドイツに捕えられたパルチザン部隊の二人の兵士たちの揺れ動く心象を、詩的な語り口と鮮烈な映像で描いてゆく反戦映画の傑作。戦争と不条理と無益さ、人間の奥深さと愚かさ、そして生と死の尊厳を卓越した演出力で語りきる。
監督はソビエトで最も偉大な女性監督として知られるラリーサ・シェピチコ。個人の内面の葛藤に徹底的に焦点を当て、唯一無二の作風で高い評価を獲得。本作は1977年ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞した。2022年に英国映画協会が発表した「史上最高の映画ベスト100」にも選出され、近年再び注目が集まっている。
監督:ラリーサ・シェピチコ 脚本:ラリーサ・シェピチコ/ユーリ・クレピコフ
撮影:ウラジーミル・チュフノフ/パベル・レベシェル 編集:ワレリヤ・ベロワ
音楽:アルフレード・シュニットケ 出演:ボリス・プロトニコフ/ウラジミール・ゴスチューヒン/セルゲイ・ヤコブレフ/リュドミラ・ポリャコワ/ヴィクトリヤ・ゴルジェンツル/アナトリー・ソロニーツィン
1977年ベルリン国際映画祭金熊賞受賞







































































































