ひとりで生きる(1991)

「みんな利口になっていくのに 自分だけが取り残されている」

 

原題は「Самостоятельная жизнь」(独立した人生)

「動くな、死ね、甦れ!」の続編で

ソ連の崩壊直後フランスの出資により製作され

全作と同じ第2次世界大戦後の荒廃した収容所地帯スーチャンが舞台ですが

ストーリーがあるというより断片的で強烈なシーンの連続

現代的に感じるのはモノクロからカラーになったからだけじゃない

ソ連崩壊による混沌さによるものかも知れません

 

1992年のカンヌ国際映画祭では審査員賞を

ビクトル・エリセの「マルメロの陽光」と同時受賞しています

雪原を馬と男が歩いてくるオープニング

男は「スターリン暗殺未遂」という身に覚えのない罪で

日本に帰国することが許されなかった捕虜のヤマモト

そこにカネフスキー監督の「やり直し!」という声が入ると

フィルムが巻き戻され再び演技が始まります

これには「これから見せるのは、フィクション(映画)である」と同時に

当時の腐敗と、極寒の厳しい環境に俳優たちが身を投じて演じた

「生々しい現実」 (単なる物語ではない)というメタ的な演出ということ

次のシーンでは少年少女が軍隊のように足並みを揃えて行進しています

彼らは学校(正確には問題児や孤児たちが集められた更生施設)の生徒で

その中にワレルカも、ガリーヤを殺した強盗団のメンバーもいました

反抗的なワレルカは、徒党を組んだ少年たちから集団で小突き回されたり

皆が見ている前でズボンを脱がされたり、執拗な虐めにあっていました

 

家では母親が再婚した(前作で密会していた)ヴィクトルと折り合いが悪く

居場所がありません

そんなときいつでも味方になってくれるのが

ガリーヤは生きていたのか?と思ったらそうではなく(笑)

ガリーヤそっくりの妹ワーリャ

ガーリアと違うのは、はっきりとワレルカに恋していることがわかること

ワレルカは、徒党に対抗するため(あるいは認められたくて)ナイフを持ち登校すると

徒党たちは煙草を吸ったり、酒を飲んだり(盗みや闇取引もしている)

(前作で収容所で妊娠を望んでいた少女)ソーニャと性交

ワレルカもソーニャと性交することを強要され

断るとトイレに連れ込まれ袋叩きにされてしまいます

ワレルカがナイフを取り出し必死に抵抗していると

教育責任者(女性)に見つかり

ワレルカとソーニャだけが校長室に連れて行かれます

本当に悪いのは徒党なのに、ばか正直な者だけが損を見る

こういう理不尽、世界中どこでもあるあるですね

 

ワレルカはむしろ被害者なのに

校長によって徒党の首謀者にさせられ退学

ソーニャは校長を誘惑することで処罰は逃れますが、妊娠してしまいます

近隣に住む女性(寡婦)たちによって

無理やり処置(原始的な堕胎)が行われます

それはソーニャを救うためというより、校長を救うため

影響力のある者への忖度でしかありませんでした

さらに食糧難のため、ワレルカが可愛がっていた豚のマーシャが

母親(には食用だった)の命令で彼の目の前で殺されてしまいます

(本当に殺しているのがわかる)

幼い子ども達が豚の内蔵を風船にして遊び

マーシャの死の悲しみを紛らわすため

鶏と交わろうとする発狂した男を笑うワレルカとワーリャ

だけどその日の夕食の食卓に、豚肉料理があがる

こんなの絶対トラウマにしかならない

さらに死んだと思われていたワレルカの実の父親が

モスクワの刑務所にいるという知らせの手紙を

ヴィクトルが隠していたことがわかったうえ

ヴィクトルは自分の指(人差し指)を切り落としワレルカに見せつけるます

これは自分を拒絶しモスクワへ行こうとするワレルカに

威力や気勢を示すための自虐的な行為でもありますが

実は兵役を逃れるため(人差し指がないと銃の引き金が引けない)

ロシアではロシア帝国時代からの伝統で徴兵が過酷であったため

「指や足の指を切り落とす」「歯をすべて抜く」といった

兵役不適格となるための過激な自傷行為が多く行われたそうで

第二次世界大戦中、ソ連政府は戦時中の自傷行為を

「逃亡」と同等の罪とみなす法律を制定

死刑を含む厳罰を科すなどして厳しく取り締まったそうです

ワレルカが旅立とうとしているのを知ったワーリャは

「私も連れて行って」と、藁(わら)小屋でワレルカに体を許します

だけどワーリャが目覚めたときワレルカの姿はなく

ワレルカワーリャを置き去りにして

北(ウラジオストク)に向かう列車に飛び乗り

叔母の家に向かいますが、間違って(あるいは意図的に)隣人の家を訪ねると

ソフィアという女性と、ワレルカと同じ年頃の娘のタマラが住んでいて

叔母は不在だと、戻るまで滞在することを許してもらいます

なぜ見知らぬ少年にこんなに親切なのかというと

ソ連では(戦争により)圧倒的に男性が不足

(たぶん叔母はすでに死んでいて)ソフィアは身寄りのなくなったワレルカを

労働力、そして性的対象としてそばに置こうとしたのですね

でもワレルカが思いを寄せたのはソフィアではなく

美しい娘のタマラのほうでした(あたりまえ)

ワレルカはソフィアとタマラとともに新天地

ワレルカにとっては父親がいるモスクワへ向かうため

船に乗り込もうとしているとワーリャと再会します

就職のためカムチャッカに行くという彼女に

ワレルカは一緒にモスクワに行こうと誘いますが

「手紙を書き続けたのになぜ返事をくれなかったの」か

「もし私が妊娠したと言ったらどうする?」と

ワレルカに(自分に対する愛情を試す)問いかけをします

しかしワレルカは女性が望むような、明確な決意や

責任のある言葉を発することはなく、困惑した表情を浮かべるだけ

ワーリャは「嘘よ」 と笑うと、モスクワ行きを断り

「鳩が網にかかっているの、助けてあげて」と頼むと

カムチャッカ行きの船に乗り出航してしまいます

網から鳩を救ったワレルカは、鳩を海に向って放ちますが

鳩は飛ぶことができず、桟橋の下に落ちてしまいます

 

船内放送で「ひとりの娘が海に飛び込んだ」という知らせが流れ

ワーリャが自殺したと悟ったワレルカは(鳩の死がワーリャの死を暗示している)

モスクワ行きの船から下船

岸辺のレーニン像のある広場で

籠に入ったネズミが(感染症対策のため)ガソリンをかけられ火をつけられていると

ワレルカは籠をけ飛し、籠から逃げた火のついたネズミたちが走り回り

ガソリンに引火して大爆発

ワレルカは爆風で気を失い、やがて意識が戻ると

目の前に死んだはずのガリーヤや豚の姿を見ます

この世に戻ってきたワレルカはカメラに向かって

「タトゥーを彫ったんだ!」

六芒星(ユダヤの星) タトゥーを見せると

(ワレルカがユダヤ人ということではなく

「犯罪者の記号」「受難の象徴 」という意味らしい)


「俺が嫌いなら殺せばいい」
「殺さないんなら俺の方から消えてやる
「俺は一人で生きるんだから」と海に飛び込むと

沖に向かってがむしゃらに泳ぎ続けたのでした

それは現実から逃れ精神的な自由を求めようとしたのか

憧れの日本に行きたかったのか

それともガリーヤのいる場所に行こうとしたのか

ワレルカが死んだのか、生き延びたかどうかは

見る側に委ねられます



【解説】映画.COMより

1989年製作の「動くな、死ね、甦れ!」で当時54歳にしてカンヌ国際映画祭のカメラドール(新人監督賞)を受賞し、世界から注目を集めた旧ソ連出身の映画監督ビターリー・カネフスキーが、同作の続編として1992年に発表した作品。第2次世界大戦直後、ソ連の強制収容所地帯に暮らす少年少女の過酷な運命を描いた前作に続き、大人へと成長していく少年の心の揺れを、抒情豊かに描く。
15歳になったワレルカは、子ども時代に別れを告げようとしていた。大人たちの世界はますます悲劇的な様相を呈し、ワレルカにとっての心の拠り所は、2年前に死んだかつての恋人ガリーヤの妹・ワーリャと一緒にいる時間だけだった。やがてある事件が原因で学校を退学となったワレルカは、ワーリャの思いをよそに町を離れ、ひとりで生きることを選ぶ。一方、残されたワーリャは、返事の来ないワレルカへの手紙を書き続ける。
出演は前作に続きパーベル・ナザーロフ、ディナーラ・ドルカーロワ、エレーナ・ポポワ。1992年・第45回カンヌ国際映画祭で審査員賞受賞。2025年、特集上映「ヴィターリー・カネフスキー トリロジー」にてリバイバル公開。

1991年製作/100分/ロシア・フランス合作
原題または英題:Une vie independante
配給:ノーム