炎628(1985)

原題は「Иди и смотри」(来いそして見ろ

原作は1943年に白ロシア(ベラルーシで起きた

ロシア語で「ベラ(白)」+「ルーシ(ロシアの地域)」という意味

ドイツ軍のアインザッツグルッペンによる「ハティニ虐殺を基にした

アレシ・アダモヴィチの小説ハティニ物語

邦題のタイトルの「628」とは、ベラルーシでドイツ軍焼き払われ

皆殺しにされた村の数のこと

アインザッツグルッペンとはユダヤ人を銃殺するため組織された移動殺人部隊で

なぜベラルーシ人(スラブ人)まで虐殺されたかというと

スラブ人はユダヤ・ボルシェヴィズム(ユダヤ人共産主義)の支配下にあり

ロシア革命も裏でユダヤ人が操ったもの

ユダヤ人と共産主義者を(伝統的な国家や文化を破壊しようとしていると)同一視し

殲滅の対象にしたそうです

どこかの誰かさんのやってることと同じで

戦争はとんだ「いいがかり」で起きてしまうものなんですね

ただ今見ると、直接的人を殺したりやレイプのなシーンはなく

意外にも影像的な過激さは控えめ、むしろアート的といっていい

(それでも残虐さは十二分に伝わる)

一方、沼の中を島へ逃げる一連の長回しのシーンや

乳牛を殺す、赤ん坊を投げる、女性の髪を掴んで引きずり回す

これ演技でも特撮でもなく、本当にやってるリアルさは半端ない

主人公の少年がラストには老人のような顔になってしまったのも

撮影(本物の実弾も使われたらしい)の過酷さによる本物かも知れません

1943年、白ロシアの小さな寒村

上空にはドイツ軍の偵察機(通称「ウーフー」)

(推定)14歳になるフリョーラは(近所に住む友人の)金髪の少年と

パルチザンが地中に隠した銃を掘り出そうとしていました

村長は「銃など持つと悪いこと(戦争)が起きる」と警告すると

フリョーラも金髪の少年も村長の言うことに耳を傾けるどころか

年寄の言うことだとバカにするだけでした

翌朝、パルチザンの部隊が銃を手に入れたフリョーラを迎えに来て

フリョーラは母親の反対を押し切りパルチザンに入隊してしまいます

陣地に着くとフリョーラ憧れの指揮官コサッチがいました

しかしコサッチは病人と女子どもと一緒に

新入りのフリョーラを置き去りにして出発してしまいます

落ち込むフリョーラに(コサッチの愛人)グラーシャは

アンタを死地に送りたくないコサッチの温情だと

彼には意外とやさしいところがあるのだと伝えます

そこにドイツ軍の落下傘兵が降下してきて、陣地は焼き払われてしまい

フリョーラはグラーシャを自分の村へ連れて行きます

しかし村には人の気配が全くなく、ハエだけが集っていました

グラーシャはフリョーラに勧められ

母親が作ったというスープ(まだ温かい)を飲みますが

(フリョーラの妹たちが残した人形を見ると)思わず吐いてしまいます

フリョーラは村人は沼地にある島に逃げたんだと、島に向かうため外に出ると

グラーシャが見たのは虐殺された村人の死体の山でした

(フリョーラは気付いていない)

沼地を抜け島にたどりつくと、近隣の住民たちが避難していましたが

村で唯一生き残っていたのは村長だけでした

しかしドイツ軍にガソリンで焼かれ全身大やけどで瀕死の状態

村長は「だから言っただろ」

「銃など持つと悪いことが起きると」とフリョーラに告げます

家族が殺されたのは自分のせいかも知れないと、ショックを受けるフリョーラ

その頃、パルチザン兵の大男ルベージは

(食糧庫のあるドイツ軍占領下の)ペレホディ村に奇襲をかけようと計画していて

眼鏡の男と、若い兵士と、そして(銃を持っている)フリョーラが

食料を調達するメンバーに選ばれます

ドイツ兵骸骨からヒトラーの人形を作り(村人たちが人形に唾を吐く)

バグショフカ村に向った4人でしたが地雷原で眼鏡と、若い兵士が爆死

フリョーラとルベージは2人だけで村人から乳牛を奪うことに成功しますが

ドイツ軍の偵察機に見つかり、機関銃掃射と照明弾による攻撃により

ルベージも乳牛も死んでしまいます

翌日、近くのカセニ村の農地に停めてあった馬車を見つけたフリョーラは

死んだ牛を運ぶため盗もうとしますが、持ち主の農夫に見つかってしまいます

しかし農夫はフリョーラを咎めるのではなく

(ドイツ軍から守るため)フリョーラの銃と軍服を畑の牧草に隠すと

自分の家に連れて行き家族になりすますよう教えます

カセニ村(ナチスの「焦土作戦」の進軍ルート→ペレホディ村の次の標的)に

やって来たドイツ軍は、身分証明書の確認(検問)と登録のため

住民たちに広場に集まるように命じます

ドイツ軍に焼き払われたパルチザンの陣地や

ペレホディ村を目撃してきたフリョーラは「殺される、家から出るな」と叫び

抵抗する男たちもいましたが

ドイツ軍は集会を開くためだと、集会場(大きな納屋)に村人全員を押し込め

若い中隊長が「子どもを連れていない者は窓から出ろ」と叫びます

(我が子を置いて出てきたら、命は助けてやるという意味)

これは親に、あえて(両方死ぬか、子どもだけ死ぬか)「選別」させ

「子どもを見捨て自分だけ助かった」という罪悪感を負わせることが目的

(「ソフィーの選択」でも描かれていました)

さらに次世代根絶(将来反乱分子やパルチザンになる可能性がある)のため

子どもたちを確実に殺害するためでした

(ネタニヤフ政権が一方的にハマスの軍事拠点だと主張し

ガザ地区の病院、学校、難民キャンプを攻撃するのものもこういうことか)

何人かの男たちが納屋の狭い窓(明かり取り用の開口部)から這い出ようとし

どさくさに紛れフリョーラも脱出に成功します

最後にひとりの女性が赤ちゃんを抱いて出てくると

ドイツ軍はその女性を捕まえ、赤ちゃんを窓から納屋の中に放り込むと

女性の長い髪を掴んで引きずり回します

ドイツ軍は逃げようとした男たちともども

手りゅう弾とガソリンと火炎放射器で火を放ち、機関銃で一斉射撃

納屋に閉じ込められた村人たちの激しい悲鳴が消えていくと

祝宴だとフリョーラを呼び彼の頭に銃を向け記念写真

村の家畜を略奪し、女性をトラックに押し込み輪姦

虐殺を免れた寝たきりの老婆に「たくさん子どもを産め」と告げると

置き去りにして去っていったのでした

その後、フリョーラが村を出て歩いていると

パルチザンに待ち伏せされ破壊されたドイツ軍の車両や死体

(女性が食べていたロブスターは高級食材=アーリア人は優れた文明人という意味)

笛を咥えさせられ放心状態の(ドイツ軍に連れ去られた)女性も見つけます

そしてコサッチとの再会、コサッチはやっぱりやってくれた!

ドイツ軍の将校や協力者(ベラルーシ人の通訳)が捕らえられると

司令官は高齢で誰にも危害を与えていない、平和的な人間で孫もいると主張

(子ども殺しの根絶やしが、よくもしゃあしゃあと)

協力者はドイツ軍に脅されだけ命乞いをします

村人に「選別」を命令した中隊長だけは

共産主義は劣等民族に宿る根絶すべきだと正当性を主張します

そこでパルチザンのひとりがただ殺すだけじゃもの足りないと訴えると

通訳の協力者は中隊長の言葉で自分の言ったことではないと弁明

コサッチは協力者にドイツ軍将校にガソリンをかけ焼き殺すよう命じます

言われるがまま、ドイツ軍将校たちガソリンをかける協力者

しかし、復讐に燃えた他のパルチザンが

火を放つ前にベラルーシ人の協力者もろともドイツ兵を射殺してしまいます

パルチザンが次の現場に向おうとしている時

フリョーラは水たまりに浮かんだヒトラーの肖像画を見つけると

はじめて手にした銃の引き金を引きます

1発、2発、3発・・

弾を撃つたびに、ナチスの行進、ナチス党結成、ヒトラーの演説

第一次世界大戦まで映像が巻き戻されていき

ついには幼いヒトラーの顔(写真

ヒトラーも人間の子だったのです

そのときフリョーラは殺された双子の妹を思いだしたのでしょうか

涙が溢れてきてしまうのでした

 

 

【解説】映画.COMより

第2次大戦を背景に白ロシアのハトィニ村の人々の悲惨な運命を描く。監督・脚本は「ロマノフ王朝の最期」のエレム・クリモフ、共同執筆はアレクサンダー・アダモーヴィチ、撮影はアレクセイ・ロジオーノフ、音楽はオレーグ・ヤンチェンコ、美術はヴィクトル・ペトロフが担当。出演はアリョーシャ・クラフチェンコ、オリガ・ミローノワほか。

1985年製作/ソ連
原題または英題:Come and See
配給:松竹富士クラシック=松竹富士