LAMB/ラム(2021)

「タイムトラベルが理論上可能になった」

原題はDýrið」(アイスランド語で野獣)

 

美しくも厳しい自然のアイスランドの山間で牧羊を営み

牧羊犬と猫と暮らす仲睦まじい夫婦イングヴァルとマリア

でもそこには、なぜか寂しそうな空気が漂っていました

ある吹雪の日、羊たちの目が怪しく光り

何者に驚いた野生の馬たちが、群れをなして羊小屋の前を走りすぎます

やがて春になり、一匹の雌羊から生まれた人間の体をした子羊を

夫婦は「アダ」と名付け、わが子のように育てるのでした

やけにタル・ベーラっぽいなと思ったら(笑)

監督のヴァルディミール・ヨハンソン(1978年生) は

2012年から2015年にかけてサラエボの映画学校フィルム・ファクトリーで

タル・ベーラに師事したそうです

その後ハリウッドで照明技師や特殊効果を担当し(しかも大作ばかり)

なんと本作が長編監督デビュー作

とにかく映像として、見応えがある

素晴らしいカメラワーク、撮るもの全てが美しい

 

「アダ」ちゃんなんて、本当にもう可愛くて(笑)

毎夜、子を呼ぶ母羊の哀れさも

マリアが母羊を殺してしまうのも理解できますし(母親のことは所詮羊と思ってる)

イングヴァルが弟に彼女のことを「幸せ」と例えたこと気持ちもわかります

アダを殺そうとした弟が思わずメロメロになってしまうのも

でもやがて、母から子を奪った報いを受けるのです

監督曰く、アイスランドの民話をベースにしているそうですが

ヒロインの名前が「マリア」であることなどから

キリスト教(聖書)にも由来しているところがあるでしょう

 

たぶんそれぞれのシーンに意味があって

謎の多い物語ですが、私的にこういう意味深な作品は好み

アダのその後(人間より成長が早い)した先が気になる

すなわち、ラストまで見終えてはじめて考察が始まるタイプの映画

第一章(KAFLI Ⅰ

吹雪の夜、大雪原を歩いてきた“何者か”が羊小屋にやってきて

(首に穴が開いていて大きな呼吸音がしている)が

羊たちは柵を超えて逃げ出しますが、1頭が転倒しその場に残ります

春になり羊の出産ラッシュ

イングヴァルとマリアは一匹の雌羊から取り上げた子羊を家に連れ帰り

人間の赤ちゃんと同じように育てます

納屋から「アダ」と書いたベビーベットをイングヴァルが運んできたことから

夫婦には以前アダという娘がいたことがわかります

大事に育てていたアダが行方不明になり

どうやら、実娘のアダは湿原で迷子になり亡くなった・・らしく

慌ててアダを探す夫婦

 

アダは母羊と共にいました

赤ちゃんと思っていたアダはもう歩けていて

(自分から母羊についていったのかも知れない)

顔と右手が羊、人間の身体をしていました

その後も毎晩(夜といっても白夜なので明るい)

夫婦とアダの寝室に向かってアダを呼び続ける母羊

第二章(KAFLI Ⅱ

ある日、草原の真ん中で車から放り出された男

怪しいけれど決して犯罪者ではなく(ミュージシャンらしい 笑)

放浪癖のあるイングヴァルの弟ぺートゥルでした

ぺートゥルはその夜、マリアが鳴き続ける母羊を射殺し

雨のなか埋めるのを目撃してしまいます

翌朝、イングヴァルとマリアからアダを紹介されたぺートゥルは

アダを「あれは子どもではなく、動物だ」と言い草を与えようとしたり

夫婦が寝ている間にアダを連れ出し、ライフルを向けます



アダがいないことに気付いたマリアが家の中を探すと

アダはぺートゥルに抱かれて眠っていました

第三章(KAFLI Ⅲ

ぺートゥルとアダがトラクターで釣りに行った帰り道

ラクターが故障してしまい、ふたりは歩いて帰ってきました

その夜、酒を飲みサッカー観戦をして3人が大はしゃぎしていると

アダは犬と散歩に出かけることにします

そこで“何者か”の気配を感じた犬が激しく吠えると、犬は殺され

慌てて家に入ったアダは、ベッドに酔いつぶれたイングヴァルに抱きつきます

そのときぺートゥルは、マリアに関係を迫っていました

ふたりは不倫関係にあったようですが、マリアがそれを断ると

「母親を殺したこと、あの子は知っているのか」 と脅します

マリアはぺートゥルを納戸に閉じ込め

翌朝イングヴァルとアダが

置き去りになっているトラクターを修理しに行くと

ぺートゥルに出ていくようにとお金を渡し、バスに乗せます

イングヴァルはアダに、歩きながら

どんなに迷子になっても「家に帰れる」位置と方角を教えていました

そこに銃を持った半獣半人の男が現われイングヴァルを撃ち

アダを連れ去ってしまいます

銃声を聞いたマリアがトラクターの場所に行くと

瀕死のイングヴァルが倒れていました

イングヴァルの命の灯が消えていく瞬間

マリアは天を仰ぎ涙を流します

 

アダもイングヴァルもぺートゥルも去ってしまった

「でも何とかなる」

(そんなこと言い切る前に、救急車呼ぼうよ 笑)

たぶんマリアは懐妊していたのでしょう

だからぺートゥルの誘いを断ったし

半獣半人もマリアではなく(母羊の仇を討つならマリアのほう)

イングヴァルを殺したのではないかと思います

 

半獣半人がアダの父親なのか(喉に穴が開いていない)

それとも仲間としてアダを迎えにきたのかはわかりませんが

(子どもには母親が必要だから成長するまで待った)

西洋秘教で伝承されている、バフォメットという

顔が山羊、身体が人間の悪魔(または神)がモデルではないかと思います

バフォメットの頭部を上下にひっくり返すと聖母マリアの象徴である

フルール・ド・リスの形になるそうです

さらに聖書では「羊」は善(=神)、「山羊」は悪(=悪魔)

イエス・キリストのことを「神の子羊」と呼ぶこともある)

同様に「犬」は善(=神)、「猫」は悪(=悪魔)という観念があるそうで

そう考えると犬がバフォメットに殺されて

猫が生き残るのもわかりますね

父親が悪魔で、母親が神なら、アダはどっちやねん!

という疑問はありますが(笑)

 

イングヴァルはアダがいつか、仲間とともに去ってしまうと感じていた

アダもそのことに気が付いていた

それぞれ生きる場所が違うのです

それでも、もしアダが帰りたくなったとき

いつでもわが家に帰れるよう、帰り道を教えたのだと思います

 

 

【解説】映画.COMより

アイスランドの田舎で暮らす羊飼いの夫婦が、羊から産まれた羊ではない何かを育て、やがて破滅へと導かれていく様を描いたスリラー。「ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー」などの特殊効果を担当したバルディミール・ヨハンソンの長編監督デビュー作。山間に住む羊飼いの夫婦イングヴァルとマリアが羊の出産に立ち会うと、羊ではない何かが産まれてくる。子どもを亡くしていた2人は、その「何か」に「アダ」と名付け育てることにする。アダとの生活は幸せな時間だったが、やがてアダは2人を破滅へと導いていく。
「プロメテウス」「ミレニアム」シリーズのノオミ・ラパスが主人公マリアを演じ、製作総指揮も務めた。アイスランドの作家・詩人として知られ、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の歌劇脚本を手がけたショーンがヨハンソンとともに共同脚本を担当。

2021年製作/106分/R15+/アイスランドスウェーデンポーランド合作
原題または英題:Lamb
配給:クロックワークス