灼熱の魂(2010)

「1+1=1 が、あり得るか?」

原題は「INCENDIES」(焼夷弾 しょういだん)

ドゥニ・ヴィルヌーヴらしい手強い作品

中東の国のどこかで少年たちが銃を持った男たちに頭を刈られています

ひとりの少年のかかとには三連星の刺青

憎しみとも哀しみともとれる鋭い眼差し

カナダで暮らす双子の姉弟ジャンヌとシモンは

母の雇い主で公証人でもあるルベルから遺言状を受け取ります

亡骸は裸のままでうつぶせにして葬り、墓石は立てず名前も刻まないこと

そして存在の知らない兄と、死んだと聞かされていた父親を探し

それぞれ宛てた手紙を渡してほしい

そのときやっと墓碑が立つのだと

姉のジャンヌは大学で数学の講師をしているんですね

そのことを教授に相談すると

その答えにもはや沈黙するしかない

ここから先は答えのない問題へと続く

解決不能な問題に直面するようになる

努力しても無駄だという人もいるだろう

想像を絶するほどに複雑で難解な問題を前に

自分を守る術はなくなる

純粋数学へようこそ

「孤独の世界」へ

eiπ+1=0」(オイラーの方程式)

故に神はいる

物語の背景にあるのは、 レバノン内戦(1975年~1990

キリスト教(マロン派)とイスラム教(PLO パレスチナ解放機構)の対立から

さらにシリア、イスラエルが介入し泥沼化

ジャンヌは母のパスポートと古い写真

形見である十字架のチョーカーを持ち、兄を探すため

母の故郷レバノン(ここでは架空の国)に旅立ちます

母ナワルの故郷では最初は歓迎してくれたものの

ナワルの娘だと知ると突然態度が変わり

兄を捜すよりまず彼女が何をしたかを知るべきだと伝えられます

ナワルはイスラム教徒の難民と恋に落ち妊娠しますが

兄弟によって恋人は撃ち殺され

生まれた赤ちゃん(かかとに三連星のしるしをつけられる)は

すぐに助産婦によって孤児院に引き取られます

祖母は村八分になったナワルを都会の大学に進学させますが

内戦が勃発

ナワルは息子を探しに行く決意をしますが、すでに孤児院は破壊

子どもたちはイスラム教徒に連れ去られていました

イスラム教徒のふりをしてバスに乗りますが

今度はキリスト教の過激派に襲撃され

息子が収容された場所は焼き払われていました

なにもかも火にかけて燃やしてしまうのは

死後の世界による復活(レクイエム)を信じる

イスラム教徒やキリスト教徒にとって

死んでも許さないという強烈なメッセージなのだそうです

大学は閉鎖され、ナワルは女闘士となり

社会主義党の有力者の暗殺に成功するものの

内戦が終わるまでの13年間投獄されます

ジャンヌは母が入所していた刑務所に行き

今は学校で用務員をしている元看守にたどりつきます

そこでナワルはどんな拷問にも耐え「歌う女」と呼ばれていたこと

アブ・タレクという極悪な拷問人によってレイプされ出産したことを聞き

立ち会った看護師の名前を教えてもらうのです

ジャンヌは弟のシモンを呼び看護師に会いにいきます

母の真実も、自分がレイプされた子であることも認めたくないシモン

でもジャンヌはここからはあなたの番よ、と言います

現地までついてきた公証人ルベルのコネで

兄ニハドの消息は意外にもあっけなくわかります

少年兵として訓練されたニハドはスナイパーとなりますが

イスラム教徒に捕まったあと洗脳され

アブ・タレクという名で拷問人になり

今は自分たちと同じケベックに住んでいるというのです

ナワルは偶然にもプールで三連星の刺青の男を見つけていました

息子だと確信し顔を見ると

それは忘れもしないアブ・タレクだったのです

ナワルが死んだのは自殺かも知れません

ナワルは双子の姉弟を愛せなかった

本当に愛したのは息子だけ

でもわが子は罪の子だった

(異教徒との間に生まれたうえ、近親相姦)

子どもたちの代わりに罪を償う

天国へは行けない

ジャンヌとシモンから2通の手紙を渡されるニハド

父親へ、そして息子へ

あなたは愛から生まれた

だから、姉弟も愛で結ばれている

怒りの連鎖を断ち

ともにいることが何より大切

墓碑の前に立ち尽くすニハド

だけど、戦争には武器を与えるけど

平和には手を貸さない

私たちに何が言えるでしょう

彼もまた過酷な人生を送ってきた被害者なのです

これが落ち込む映画、絶望する映画のランキング

上位に入っていないことが不思議ですね(笑)

頭を悩ましたい方に、ぜひ見ていただきたいです

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【解説】allcinema より

カナダに在住するレバノン出身の劇作家ワジ・ムアワッドの同名戯曲を「渦」ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が映画化した衝撃のヒューマン・ミステリー。亡くなった母の遺言に従い、父と兄を探す旅に出た双子の姉弟が、やがて自分たちのルーツでもある激しい宗教対立に翻弄され続けた母の数奇にして壮絶な運命と向き合っていく姿を、現在と過去それぞれのエピソードを通して力強い筆致で描き出していく。主演は「愛より強い旅」「パラダイス・ナウ」のルブナ・アザバル。2010年度のアカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品。
 中東系カナダ人女性ナワル・マルワンが亡くなり、公証人から遺された双子の姉弟ジャンヌとシモンに遺言が伝えられた。それは、父親と兄を見つけ出し、それぞれに宛てた母からの手紙を渡してほしいというもの。死んだと思い込んでいた父ばかりか、存在すら知らなかった兄がいることに当惑するジャンヌとシモン。それでもジャンヌは遺言に従い、中東にある母の祖国へと旅立つのだったが…。