乱れる(1964)

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「乱れる」とは、「気持ちの乱れ」のこと

すべてを犠牲にしてもかまわない愛とはどういうものか

とってつけたような唐突なラストをどう解釈するか

見る人の感性が試される作品でした

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昭和35年頃、戦後の復興をした静岡県清水市の商店街にも

高度経済成長の波が押し寄せ、安売りのスーパーマーケットが進出

売店の経営が揺らぎ始めます

そんな中でも、酒屋「森田屋」の次男幸司(加山雄三)は大学は出たものの

遊び惚けており

戦死した夫に代わって女手ひとつで店を切り盛りしてきた

義姉さんこと礼子(高峰秀子)はそんな義弟をいつもかばってきました

姑(三益愛子)や小姑の久子(草笛光子)や孝子(白川由美)は

義姉さんがなんでもやってしまうから、幸司をダメにすると責めます

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成瀬作品をご存じの方なら

これだけでこの先の展開が読めますね(笑)

 

幸司は義姉さんのことが好きなんですね

幸司が7歳の時19歳で嫁にやってきた

綺麗で、やさしくて、料理上手な義姉さん

空襲で焼けてしまった店を立て直して

両親の面倒を見て、姉弟を育ててくれた頑張り屋の義姉さん

寡婦年金も支えてくれたのだろう)

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幸司が酒屋をスーパーマーケットにしようとしたのも

辞めてしまった従業員(西条康彦)の代わりに

人が変わったように働くようになったのも義姉さんのため

だけど幸司の強い思いに礼子は同様してしまいます

 

その一方、小姑の久子と孝子は家族経営のスーパーマーケットにしたら

他人の義姉さんは邪魔だ、再婚させて追い出そう

それがだめなら、給料を払って従業員として働かせようと企んでいました

 

小姑たちの考えを察した礼子は「実は好きな人がいる」といい

18年間過ごした森田家を去り、実家の兄のもとに帰ることにします

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礼子を追いかけ山形行きの列車に飛び乗る幸司

お互い視線が交りあい、微笑みあう

満席で立っていたのが、東京を離れるにつれ

遠くの席、2列後方、後ろの席、向かいの席と近づいてくる



印象的なのは、途中の駅のホームで幸司が立ち食いそばを食べるシーン

礼子が出発時刻が迫っていることを窓越しで伝えるのですが

出発の汽笛が鳴ってるにもかかわらず

汁を飲み、それから支払いの小銭を探す

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この幸司に対するイライラ

焦りこそが礼子の気持ちそのものを表しているのです

そして幸司の寝顔に思わず涙がこぼれる

かっては幼く懐いて可愛かった義弟

 

突然、途中下車しようと言い出した礼子は

銀山温泉(今でもランプの宿として人気)の宿に部屋をとります

そこで「好きだと言われて 女として嬉しかった」とか

紙縒りで作った指輪をはめられたりしたら

これは男性なら誰だってその気になってしまいますよね

ならないほうがおかしい

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ここで結ばれてハッピーエンドなら、ダグラス・サークなんですけど(笑)

成瀬はそうはさせない

 

拒否られるんですよ

徹底的に拒まれるんですよ

 

ショックだし、意味がわからない

好きなのに、大切にしよう思っているのに

なぜこんな酷い仕打ちをうけなければいけないのか

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幸司は部屋を飛び出し、酒を飲み泥酔する

礼子に電話し女の子のたくさんいるバーにいると嘘をつく

そして翌朝礼子が見たのは、リヤカーで運ばれている幸司の遺体でした

自殺か事故かわからない、崖から落ちたといいます

 

旅館を飛び出しリアカーを追いかける礼子

だけど突然足を止める

礼子のアップカット

乱れた髪

唇にわずかな笑み

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私が思うに、幸司の死は麻雀仲間の店主の自殺が

伏線になっているのではないかと

 

死はやがて消え行く運命である商店街を現わしていて

幸司にとって礼子は生命線なんですね

幸司は礼子のことが好きというのもあるけれど

自分だけで「森田屋」をやっていけないことを知っている

家族の誰も商売のノウハウを知らない

礼子がいなければ倒産するのは目に見えているのです



礼子にとって「森田屋」は自分のすべてでした

焼け野原からひとりで立ち上げたのです

夫の家族の世話もいやな顔ひとつせずし続けてきました

なのに土地が、名義が違うからと蚊帳の外にされてしまった

なにがスーパーマーケットだ、社長だ、専務だ、常務だ

思い通りになるものか

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私が家を出たらどうなるか、教えてあげる

義弟が、姑が、どうなるか教えてあげる

怖えなあ(怖いのはオマエの想像力だ)

 

結局心を乱されたのも、18年間犠牲になったのも

義弟のほうだったのでしょう



 

【解説】映画.COMより

「みれん」の松山善三がオリジナル・シナリオを執筆、「女の歴史」の成瀬巳喜男が監督した女性ドラマ。撮影もコンビの安本淳。

礼子は戦争中学徒動員で清水に派遣された際、しずに見染められて森田屋酒店に嫁いだ。子供も出来ないまま、夫に先だたれ、嫁ぎ先とはいえ、他人の中で礼子は森田家をきりもりしていた。森田家の次男幸司は、最近、東京の会社をやめ、清水に帰っていた。何が原因か、女遊びや、パチンコ喧嘩と、その無軌道ぶりは手をつけられない程だ。そんな幸司をいつも、優しくむかえるのは、義姉の礼子だった。再婚話しも断り、十八年この家にいたのも、次男の幸司が成長する迄と思えばこそであった。ある日見知らぬ女との、交際で口喧嘩となった礼子に幸司は、今までわだかまっていた胸の内をはきすてるように言った。馬鹿と言われようが、卑怯者といわれようが、僕は義姉さんの側にいたい」義姉への慕情が純粋であるだけに苦しみ続けた幸司だったのだ。それからの幸司は真剣に店をきりもりした。社長を幸司にしてスーパーマーケットにする話がもちあがった日、礼子は家族を集め『せっかくの良い計画も、私が邪魔しているからです、私がこの店から手をひいて、幸司さんに先頭に立ってスーパーマーケットをやって欲しい。私も元の貝塚礼子に戻って新しい人生に出発します私にも隠していましたが、好きな人が郷里にいるのです』とうちあけた。荷造りをする礼子に、幸司は「義姉さんは何故自分ばっかり傷つけるんだ」と責めた。『私は死んだ夫を今でも愛してる、この気持は貴君には分からない』礼子の出発の日、動き出した車の中に、思いがげない幸司の姿があった。『送っていきたいんだ!!いいだろ』幸司の眼も美しく澄んでいた。