愛と死の記録(1966)

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「エッチじゃね」

「すごい冷たい手じゃね」

「心はぬくいんよ」

「参った!仲直り」

 

渡哲也さんを偲んで”数えきれないほどの映画やドラマの中から

NHKBSPが選んだ1作がこれ


吉永小百合といえば、いつもの浜田光夫(笑)

その浜田が、名古屋で喧嘩に巻き込まれ右目を重傷しまい

そこで抜擢されたのが、新人アクション俳優の渡哲也でした

この映画をきっかけにふたりは交際をスタート

しかし吉永の両親の反対により結婚には至らなかったそうです

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まるでふたりの将来を暗示するような映画ですが

映画の結末とは違い、ふたりは友人として絆を深めていきます

サリン・ヘプバーンと、スペンサー・トレイシーのような大人の関係


2017年の「松竹梅」CMの収録後の記者会見で

吉永に「最後の1本はラブシーンをやりましょう」と言い

吉永が「老夫婦の恋愛作品を作りましょう」と答えたエピソードも洒落ています

原作は大江健三郎のノンフィクション「ヒロシマノート」(1965)

紹介された実話の中のひとつ

 

ただの青春日活ロマンの悲劇ものかと思っていたのが

まるで北欧映画のような救いのないラスト

カメラは姫田真佐久(ひめだしんさく

ドキュメンタリータッチで見ごたえのある映像に唸り

音楽は名手黛敏郎、ベテランの技が光ります

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ある朝、和江(吉永小百合は勤め先の楽器店の前で

バイクにはねられそうになり持っていレコードを割ってしまいます

運転していた幸雄(渡哲也)は、同じ印刷会社に勤める藤井(中尾彬)から

2千円を借り和江にレコード代を弁償します

 

和江と同じ楽器店で働くふみ子(浜川智子)と、その恋人藤井の策略で

ふたりは再会し思いがけず意気投合

茶店での「橋尽くし」の会話

窓辺のマスコットを手にして「私のあだ名はバンビ」

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バンビがチャイコフスキーの「悲愴」を誰にプレゼントするか気になったり

藤井とふみ子と一緒にバイクでWデート

まだ交通規制が緩い時代で、バイクがノーヘルだったり

ちょっと危険で、若々しい交際がスタートします


だけど幸雄から愛の言葉や、結婚の話がひとつも出てこない不安を

バンビが打ち明けてしまったことや

ツーリングの帰り道、2人乗りをトラックの荷台の作業員にひやかされ

雨の中突然バンビをバイクから降ろし、幸雄は走り去ってしまいます

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かと思えば、橋の上をトボトボ歩く和江のもとに戻ってきて

「好きなんじゃ!」と叫び抱きしめる


かと思えば、印刷会社の上司で養父代わりの岩井(佐野浅夫)が持ってきた

縁談があると打ち明け、連絡を断ってしまいます

これが放置プレイならともかく(オマエはそういうことしか思いつかないのか)


バンビの兄嫁は「理由があるのよ」

「突然部屋を訪ねてみなさい」とアドバイスします


ベランダからバンビの姿を見たパジャマ姿の幸雄は

慌てて寝ていた布団を隠します

幸雄もまたバンビへの思いを断ち切れず、強く抱き合うふたり

そして幸雄はバンビを原爆ドームに連れて行くのでした

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戦後20年経っても瓦礫が残る原爆ドームの敷地内

地上から見上げる天井のフレーム

私は原爆ドームの姿がどうだったのか、元の建物の正式名称も知りません

だけど広島の人々は、その変わり果てた姿を見るたび

ピカドンを思い出してきたのでしょう

 

そこで幸雄は「7000日前、4000度の熱線を俺は見た

300レントゲンのγ(ガンマ)線を体にうけた

忘れてください、あなたの長い生涯の為に」と

自分は4歳の時に被爆した戦災孤児だと打ち明けます

 

ウクライナでもチェルノブイリ出身者は結婚するのが困難だったそうですが

当時の広島では被爆者への差別や偏見が色濃く残っていたのですね

それでも幸雄と結婚したいバンビは、家族にそのことを打ち明けます

ちょうどその時バンビにはこれとない縁談の話が持ち上がっていました

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母親(三崎千恵子=寅さんのおばちゃん)や(垂水悟郎)

原爆症の青年との結婚より、現実的な幸せを願いますが

冒頭のレコードのお金のやりとりからもわかる通り

バンビは真面目で卑怯なことはできない性格なんですね


原爆病院(なんという病院名)に入院した幸雄を毎日看病していました

介護に迷ったときは、ふみ子が「幸雄には誰もいない、ひとりぼっち」と

バンビの代わりに泣いてくれました

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ある夜、危篤の幸雄に付き添い一夜を共にしたことで

結婚前の女性が外泊したとみんなが怒っているから

一度帰ってきてと兄嫁から病院に電話があります


バンビが家に帰っているわずかの間に

バンビを呼びながら、幸雄が逝ってしまう

もしこの時、バンビが幸雄を最期を看取っていたら

もしかしたら違う結末を迎えたのかも知れません


幸雄の遺体と対面したバンビは言葉を失い

ただ呆然と立ちすくみ

流れる涙が顎から雫になって落ちるだけ

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幸雄が死んだあと、バンビは岩井の紹介で主治医に会いに行きます

主治医(滝沢修)は戦後多くの被爆者を治療し

自らも被爆者(ハゲも被爆が原因だという軽いジョーク)でした

バンビは幸雄の再発の可能性について黙っていたことを批判しますが

「幸雄くんが白血病とわかって愛することをやめましたか?」とバンビに問います

「いいえ」と言うバンビに「愛のためには人は自殺さえ・・・」

と心の内を打ち明けるのです


主治医との面会の後、バンビは周りに明るく接するようになります

家族には、勉強になった、いい人を探すわ、と

藤井とふみ子には、広島中の橋の絵を描こうと思うの、と

そして喫茶店の窓辺に飾ってある

バンビのつがいのマスコットを貰っていくことにします


「私のあだ名はバンビ」

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バンビが元気になったことで、家族や友人が安心した中

バンビはひそかに、いつもレコードを届けている

隣のおねえさん(芦川いずみ)を訪ねていました


おねえさんはバンビの兄と結婚の約束をしていましたが

被爆者という理由で結婚が許されず、ひとりで生きていくことに絶望し

自殺未遂した過去がありました

でも今は死ねなかった分、老いた両親のため生きると言います

「天国があると思うか?」というバンビの問いには

「うち死に損ないじゃけん、まだわからんわ」と微笑むだけ


芦川いずみさん、雰囲気がなんともいえないですね

こんな美人な死に損ないがいたら、日本中の男が殺到しますから(笑)


誰もが、バンビが幸雄の死という悲しみを乗り越え

これからの人生に前向きになったのだと、そう思ったとき

幸雄の主治医に届いたバンビのマスコット

裏側には、幸雄と和江の名前と年齢が書いてありました


ここからのスピード感が凄い

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サイレンを鳴らし走る救急車

布団に横になったまま動かないバンビを揺する家族

枕元に見える楽の瓶

バンビの両手を布で巻く消防隊員

走り去る救急車

その様子を窓から覗く、隣のおねえさん、顔に残るケロイド

新聞に小さく載った被爆者青年の死を追い」という見出しと顔写真

かってふたりで訪れた原爆ドーム


なぜ主治医は自殺の話をバンビにしたのでしょう

それからバンビは自殺という思いに憑りつかれてしまった

もしかしたら長年の医師としての経験から

健康なバンビにも、死相が見えたのでしょうか

(医療従事者には、そういう勘が身に着くことがあるそう)

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誰もが、それぞれの立場から苦渋の選択を迫られる

被爆地で生きる人々にとって、悲劇が今なお続いているということを

さりげない台詞、さりげない工ビソードで表現している上手さ


広島、長崎の原爆投下もですが

福島の原発記憶さえ薄れつつある現代において

このような作品は、もっと注目されるべき存在

 

たとえニュースにならなくても

私たちが思う以上に差別や偏見で自殺している人は

多いかも知れないのだから

 

 

【詳細】NHKホームページBSシネマより

【監督】蔵原惟繕,【出演】吉永小百合,渡哲也,中尾彬,浜川智子,芦川いづみ佐野浅夫滝沢修,【脚本】大橋喜一,小林吉男,【音楽】黛敏郎

先日亡くなった渡哲也さんをしのんでの放送。吉永小百合との初共演となった純愛映画。昭和30年代後半の広島市レコード店で働く和江は、印刷会社で働く青年・幸雄と偶然に出会い、恋に落ちる。毎日のように一緒に過ごす2人。しかし、楽しい日々は長く続かなかった。幸雄は、幼いときに原爆で両親を失い、自身も被爆していた。原爆症のため、入院することになった幸雄。和江は周囲の反対を押し切って、愛を貫こうとするが…。