小さき麦の花(2022)

「花を植えたよ お前の目印」

「思ったの あなたとなら 一緒に暮らせると」

 

原題は「隠入塵煙」(塵や煙の中に隠れる)

良い作品でしたね

中国西北部の貧しい農村に暮らす夫婦が愛を育んでいきますが

急激な経済成長にほんろうされ、その幸せは長く続かなかった・・

という話ですが

ロベール・ブレッソンの「バルタザールどこへ行く」をちょっと思い出しますし

(撮影もヒロイン以外は地元の人たちによるというネオレアリズモ的)

本当の「やさしさ」とは何かを考えさせられる

最近では久々に映画らしい映画を観たという感じがしました

 

中国では都市部に暮らす一部の若い世代による

TikTokや映画サイトで「泣ける」「感動作」という投稿により

(公開時は客が入らなかったものの)大勢の観客が劇場に押し寄せるようになり

興行収入は1億元(20億円超)まで跳ね上がったそうです

しかしベルリン国際映画祭では驚異の4.7点(5点が満点)をマークし

金熊賞最有力と絶賛されたものの無冠

さらに習近平総書記(国家主席)の業績を否定しかねない内容だとして

中国では事実上の上映禁止に追い込まれてしまったという

悲運に見舞われた作品でもあります

是非たくさんの人に見て欲しいと思いますね

2011年、中国の甘粛省のエチナ川のほとりにある農村で

親戚の人たちが集まって縁談の相談をしています

女性は幼いころの病気で身体に障害があり、子どもも持てない

今でもお漏らしをしてしまうクイイン(ハイ・チン)

 

男性はマー家の四男ヨウティエ(監督の叔父さん 笑)で

(両親も兄も亡く)三男の家で働いていたものの

甥の結婚の邪魔になるので厄介払いしたい

家族はふたりを結婚させ空き家に済ませれば丁度いいと考え

(南方に出稼ぎに行った人たちが放置していった空き家がたくさんある)

ヨウティエにロバ一頭だけ持って追い出され

結婚式も挙げないまま一緒に暮らすようになるふたり

 

しかし最初の夜から、寝床におしっこを漏らしてしまうクイイン

だけどヨウティエは決して怒らず

食事を用意し、寝床に防水用のシーツを敷いき

濡れたお尻を隠すためのロングコートを買ってあげる

どんなに周りから馬鹿な女房だと言われても

妻をかばおうとする優しい男なんですね

無償で(貧しい人々から摂取する病気の地主)

自分のRHマイナスという貴重な血液を献血してあげるという

お人好しでもあります

 

砂丘で先祖に紙銭を燃やし、結婚したと報告すると

ロバと共に、土地を耕し、麦やトウモロコシの種を植える

手足が不自由で仕事も満足に出来ないクイイン

だけどヨウティエは優しい

畑仕事の行き帰りにロバが引く荷車に

必ずクイインを乗せてあげる

町まで甥の結婚道具を運ぶ手伝いで帰りの遅くなったヨウティエを

お湯の入った魔法瓶を持ち待つクイインに

「風邪をひくだろ」とコートを着せてあげる

 

鶏を育てるため、穴を開けたボール箱に電球を入れ

ひよこを孵すための孵化箱を作るヨウティエ

プラネタリウムのように穴から光りが溢れると

ヨウティエは「雛は最初に見たものを親と思うから、お前になつくよ」と言う

麦の収獲がやってくると

「土は人を厭わない、人も土を厭わなくていい

「土は清らかだ、金持ちにも貧乏人にも平等だ」

「一袋の麦を植えれば、十倍や二十倍にもして返してくれる」のだと

ヨウティエは麦の粒を花の形にしてクイインの手首に置く

 

そんなヨウティエもいちどだけ

「そんなこともできないのか!」とクイインを罵ってしまいます

(奥でうまく藁を積んでいるよその奥さんとの対比がうまい)

それは彼女をある意味農家の妻として認めたことなのだけど、落ち込むクイイン

やっぱり仕事の帰りにはロバが引く荷車にクイインを乗せてあげるヨウティエ

ところが政府の農村政策によって

空き家を解体すれば1万5千元の報償金が出ることになると

お金欲しさに元の持ち主が帰ってきて家を取り壊してしまいます

別の空き家に移ってもまた解体されてしまう

 

なのでレンガ作りから家を作ることにしたふたり

豪雨に見舞われた夜はレンガが濡れないようにと奮闘して笑う

家が出来上がると

「自分の家が持てて、自分の布団で眠れるなんて、思いもしなかった」と

幸せを噛みしめるクイイン

そこに三男のがやってきて

町に出来る新築マンションを(補助金が出るから)お前の名義で買うと言われます

いずれは20万元をくだらない家になる

村一番貧乏だし、貴重な血液型を献血したお前だから抽選に当たるだろうと

「農民は土を離れての暮らしなど出来ない」とヨウティエが断っても

全く聞こうとしません

 

当選したマンションに招待され、テレビの取材を受けるふたり

「ロバや豚や鶏は、どこに住めばいい?」と答えるヨウティエ

ある日、クイインが熱を出してしまいひとり外出したヨウティエ

その夜成長した鶏が卵を生み、ヨウティエに卵を見せようと家を出たクイインが

川に落ちて死んでしまいます

 

クイインの葬式が終ると、ヨウティエはロバ山に放

小麦やとうもろこし、すべての穀物を現金に換えます

そこから種や肥料代、妻に買コート代、隣人に借りた卵10個を返すと

「ヨウティエも町で暮らすのかぁ」と声がするのでした

この違和感は検閲によるものだそうで、理由は

甘粛省の人たちが「俺たちはあんなに貧しくない、検閲(当局)は何してる」と

騒いだからというのですが、本当のところはどうなんでしょう(笑)

 

ヨウティエが高級マンションで暮らしたかどうかはわかりませんが

ヨウティエがクイインと作ったレンガの家は(つばめが巣作りしている)

空き家としてブルドーザーで壊されてしまいます

しかし補償金の15千元を受け取ったのは

ヨウティエではありませんでした

ヨウティエが農業で1年働いて得たお金が3900元なので

政府からの支給のほうがいかに大金かわかりますね

私も正直、空き家の持ち主だったら解体すると思うんですけど(笑)

 

でもお金で買うより貴重なものがある

ヨウティエのような優しい人が報われる世界であって欲しい

忘れていたものを思い出させてくれる作品

ひさびさに「お気に入り」献上させていただきます

 

 

【解説】MOVIEWALKERより

「僕たちの家に帰ろう」のリー・ルイジュン監督が、中国西北地方の農村を舞台に大地に寄り添い生きる夫婦を描いた人間ドラマ。見合い結婚した貧しい農民ヨウティエと障がいのある内気なクイインは力を合わせて生きていくが、自然の猛威や時代の波に翻弄される。妻のクイインを「オペレーション:レッド・シー」のハイ・チンが、夫のヨウティエを監督の叔父で実際に農民であるウー・レンリンが演じた。2022年第72回ベルリン国際映画祭コンペティション部門正式出品作品。