イニシェリン島の精霊(2022)

原題は「The Banshees of Inisherin」(イニシェリンのバンシー)

バンシーとはアイルランドに伝わる(古墳や塚に住む)妖精

家族の死を告げにやってくる女性のこと



監督のマーティン・マクドナー英国とアイルランド二重国籍

劇作家の中でもアイルランド文学の最も重要なひとりと見なされているほど

アイルランドに並々ならぬアイデンティティを持っているそうです



アイランドにはアラン諸島という島々があり

マクドナーの祖父母がアラン諸島の島出身ということで

子どもの頃からマクドナーはアラン諸島を訪れたり

話を聞かされていたのでしょう

舞台は1923架空の島、イニシェリ

海の向こう側のアイルランド本島で内戦が起き

大砲や銃の音が島まで響いてきています



人口は僅か300人、電気もガスもまだ通っていません

閉塞的なその島の男たちの楽しみといえば

たった1軒のパブで飲むだけ

その日も牛飼いのパードリック(コリン・ファレル)は

親友のコルム(ブレンダン・グリーソン)を飲みに誘いに行くと

なぜか彼は出てこない

しかもパブでは無視され口もきいてくれない

「下らない話で自分の残りの人生の時間を無駄にしたくない」と

絶縁されてしまうのです



わかる(笑)

私的にはすごく共感できました

パードリックは本当に馬鹿なんですよ

空気は読めない、飲めば絡む、そのことを全く覚えていない

でも悪い奴じゃないんです、純粋な馬鹿

コリン・ファレル、主演男優賞いけるかも知れません(笑)

お互い独身で時間もある

コルムは間抜けなパードリックを可愛がり

長年付き合ってきたのでしょう

しかし酔ったパードリックに

2時間ロバの糞の話を聞かされたことがきっかけとなり

いやになったのです



もう老い先長くない

好きな音楽に打ち込みたい

静かな時間を過ごしたい

映画の中では突然のことのようですが

コルムは何度もパードリックにそのことを伝えたと思うんですよ

でもパードリックは理解できない

 

コルムは強硬手段に出るしかなかった

嫌いになった、話しかけないでくれ

もし話しかけたら自分の左手の指を1本ずつ切り落とすと脅すわけです

それはバイオリンを引くために大切な指

パブの仲間は本気だと、話しかけないほういいと

パードリックにアドバイスするわけですが

パードリックはそこまで言われてもわからない

ちょっとの間距離をおけばいいだけなのに

それさえもできない

しかもコルムが女性ヴォーカルや音大生たちと演奏すれば

嫉妬でキレてしまう

次の日酔いが醒めれば全く覚えておらず自己嫌悪

あれほど「話しかけないでくれ」と念を押されているのに

謝りに行く、しかもしつこく

怒ったコルムは人差し指を切断し

パードリックの家の玄関に投げつけに行きます

そこでパードリックがとった行動は

その指を洗いコルムの家に届けようとします

さすがに妹のシボーンが止めます(笑)

(嫁に行かなかったのは兄のせいだろう)

そんなパードリックにつきまとうのが

警察官ピーダーの息子ドミニク

彼はパードリックと同じ、本能の赴くまま

正直すぎて嘘をつけない

父親から殴られています

 

パードリックは牛乳の配達と集金に行った雑貨屋で

しかもピーダーの前でドミニクを虐待していることをばらすんですね

ピーダーに思い切り殴られてしまいます

倒れたパードリックを助けてくれたのはコルムでした

パードリックを馬車に乗せ送っていく

コルムはパードリックのことを本当に嫌いなわけじゃないのです

 

ある夜、パードリックがドミニクとパブで飲んでいると

コルムがピーダーと親しげに話しています

またもやパードリックは嫉妬と怒りで酒をあおり、絡みに行きます(笑)

パブの皆はこれはヤバイ、ドミニクに妹のシボーンを呼びにやります

コルムが音楽の偉大さを語るうえで

優しさは(何年かは残るけど)永遠に残らない

だけど音楽は残ると説明しても

パードリックはモーツァルトもベートーベンも知らない

(ちなみにシボーンのほうがコルムよりモーツァルトに詳しい 笑)

でもコルムはこれまでで最も興味深い話だったと笑い

パードリックのことをもう一度好きになってもいいと話します

 

そのことをドミニクから聞いたパードリックは

コルムと仲直りできるかもと思います

しかしパードリックがコルムに会いに来た音大生のバイオリン弾きを

「父親がパン屋の車に轢かれた」と嘘をつき本土に返したことから

ドミニクに「意地悪だ」と引かれてしまったうえ

「イニシェリン島の精霊」という曲が完成したと喜ぶコルムに

曲が完成したお祝いにパブでビールを飲もうと誘います

だけど、バイオリン弾きを追い出したことを打ち明けてしまいます

パブにコルムはやって来ませんでした

 

コルムは左手の残りの指を全部切り落とし

(ワンコがけなげだぜ)

パードリックの家の玄関に投げつけていました

パードリックが可愛がっていたロバが

その指を誤って食べて窒息死してしまう

ドミニクは湖に落ちて溺死

妹は図書館司書として働くため本土に渡ってしまいます

本当のひとりぽっちになったパードリック

ロバの死をコルムは謝罪し、教会にも懺悔しに行きますが

(この神父がまたしょうもない)

パードリックはコルムを許せず、コルムの家を焼き払うのでした

 

何もかも失ったコルムが清々しいのに対し

パードリックはこの先もずっとコルムを恨み続けていく予感

物語は内戦をふたりの男に例えているそうです

同じ民族で、同じ宗教にもかかわらず、争う

それは相手の気持ちや考えを、理解しようとしないこと

自分の考えだけを押し付けようとすること

 

でもどんなに浅はかに見える人間にも、やさしさはある

ピーダーも酷い父親だったけど、息子のことは愛していたのです





【解説】映画.COMより

スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー監督が、人の死を予告するというアイルランドの精霊・バンシーをモチーフに描いた人間ドラマ。
1923
年、アイルランドの小さな孤島イニシェリン島。住民全員が顔見知りのこの島で暮らすパードリックは、長年の友人コルムから絶縁を言い渡されてしまう。理由もわからないまま、妹や風変わりな隣人の力を借りて事態を解決しようとするが、コルムは頑なに彼を拒絶。ついには、これ以上関わろうとするなら自分の指を切り落とすと宣言する。
ヒットマンズ・レクイエム」でもマクドナー監督と組んだコリン・ファレルブレンダン・グリーソンが主人公パードリックと友人コルムをそれぞれ演じる。共演は「エターナルズ」のバリー・コーガン、「スリー・ビルボード」のケリー・コンドン。2022年・第79ベネチア国際映画祭コンペティション部門でマーティン・マクドナー脚本賞を、コリン・ファレルがポルピ杯(最優秀男優賞)をそれぞれ受賞。第95アカデミー賞でも作品、監督、主演男優(コリン・ファレル)、助演男優(ブレンダン・グリーソンバリー・コーガン)、助演女優(ケリー・コンドン)ほか8部門9ノミネートを果たした。

2022年製作/114分/PG12/イギリス