聖なる鹿殺し/キリング・オブ・ア・セイクリッドディア(2017)

原題は「The Killing of a Sacred Deer」(神聖な鹿の殺害)

ミヒャエル・ハネケのような不気味で居心地の悪さ

でもハネケの「本当に怖いのは人間」とは違って

神がかっている

これは映画の終盤で娘が学校のレポートで「A」をもらったという

ギリシャ神話の悲劇「イピゲネイア」にヒントがあるのですね

トロイ戦争の英雄アガメムノン王は

「私の狩の腕前には女神たるアルテミスもかなわないであろう」

女神アルテミスが可愛がっていた鹿を殺してしまいます

怒った女神アルテミス(残酷な手段を辞さないことで名高い)は

ギリシャ軍が港から出征できないよう風を止めてしまい

アガメムノンの娘、王女イピゲネイアを生贄に捧げろと命じます

悩んだアガメムノンは「(美貌の兵士)アキレウスと結婚させる」と嘘をつき

イピゲネイアを呼び寄せます

イピゲネイアと母親が婚礼一式の準備をし、憧れのアキレウスに挨拶に行くと

アキレウスは「???」

イピゲネイアは幸福の絶頂から突き落とされたうえ

アガメムノンから兵軍を守るため生贄になってくれ」と頼まれます

 

自分の欲求のために女神の聖なる鹿を殺し

保身のためにわが子を生贄に捧げるアガメムノン

イピゲネイアは国のため父親の願いを受け入れると

婚礼の衣装を身に着け、首を落とされます

すると悲しむ母親の前にアルテミスが現われ

イピゲネイアは死んだのではない、鹿と入れ替わったのだと告げるのです

冒頭から心臓手術のシーン

心臓外科医としてキャリアのあるスティーブン(コリン・ファレル)は

マーティン(バリー・コーガン)という16歳の少年と会っています

真面目で礼儀正しいマーティンに
時々お小遣いを渡したり、時計をプレゼントするスティーブン

最初は前妻の子?と思ったのですが(笑)

マーティンは遺児で死んだ彼の父親はスティーブンの患者でした

ティーブンは郊外の豪邸に住み

眼科医の妻アナ(ニコール・キッドマン)

生理を迎えたと報告する14歳の娘キム幼い息子ボブと

何不自由な暮らしていました

(妻との夜の生活は「全身麻酔プレイ」という 笑)

ティーブンはマーティンを家に招待することにし

アナもマーティンを気に入り、キムは彼に興味津々

(高価でなくてもプレゼントのセンスがいい)

ボブは16歳なら腋毛が生えているの?のと見せてもらい

「パパのほうが3倍多い」と父親自慢

楽しいひと時を過ごします

後日マーティンはスティーブンにこないだのお礼に

家に招待するので母親と会ってほしいと頼みます

最初は断るもののマーティンの強引さに従うしかないスティーブン

食事が済むと父親の好きだった映画を見ようといいます

しかも母親とふたりを残し先に寝るという

母親はスティーブンの指が綺麗だと褒め、いきなり彼の指にしゃぶりつきます

驚いたスティーブンはその場を去りますが

まやもやマーティンが会いに来て、映画の続きを見に来てほしいといいます

母は先生が気に入っているから、母と一緒になって僕の父親になってほしい

さすがのスティーブンも「結婚してるんだぞ!」と怒鳴ってしまいます

その日を境に、ボブが立てなくなります

食べ物一切受け付けない

病院であらゆる検査を受けても異常はみつかりません

その頃マーティンはキムとバイクデートをしていました

でもキムから誘っても、性的なことは決してしません

マーティンティーブン呼び出し言います

「最初に歩けなくなり 次に食べられなくなり 目から血を流し そして死ぬ

最初にボブが、次にキムが、最後に奥さんが

3人のうちひとりを選んで殺さないと、全員死ぬと予言します

やがてキムも倒れて歩けなくなります

アナは夫とマーティンの間に何があるのか

麻酔科医に手で「いいこと」をしてさしあげて事情を聞きます

手術の日、スティーブンは酒を飲んで執刀

マーティンの父親は飲酒による医療ミスで死んだのです

そのことを知ったマーティンはスティーブンに接近し

死んだ父親の代わりに父親になってもらうため

「いい子」でいたんですね

でもそれが叶わないとわかった

ならば「先生は僕の家族を一人殺したのだから、先生も家族をひとり失うべき」

ひとり選ばなければ全員殺すと「呪い」をかけたのです

ティーブンはマーティンを誘拐し、ガムテープで拘束して殴り

自宅のガレージに監禁します

(本気で家族を助けたいと全く思えない)

アナは夫に内緒で、マーティンの怪我の手当てをし

彼にひれ伏して裸足の足にキスしました

キムはマーティンのところまで這っていくと

「私と一緒に逃げて 私を助けてくれるよね」と懇願します

一方で父親には「パパのために私が死ぬから私を殺して!」と

泣きながら訴えます

何もしなかったボブの目からは血が流れます

そこで(父親に気に入ってもらうため)長髪を切り

「本心はお父さんみたいな心臓外科医になりたかったんだ」と

気に入られようと努力しますが

あなたはもう死ぬんだから、死んだ音楽プレーヤーをもらう」とキム

さらに普通の母親なら子供を守ろうと「自分を殺して」と言いそうなものを

アナは「可哀想だけどひとり選ぶなら子供よね 私達はまた子供を持てるわ」と

服を脱ぎベッドに身を投げ出します

アナは黙ってマーティンを逃がすことにしますが

呪いが消えることはありませんでした

ティーブンは(どちらの子供を選ぶか決めるため)

学校に子どもたちの成績を聞きにいきます

先生はボブは数学と科学に優れている

キムは「イピゲネイア」を題材にした作文が優秀だったと絶賛します

(マーティンから教えてもらったのだろう)

ティーブンは初めて泣きます

そして彼が出した答えは、誰かを選ぶのではなく

運命にまかせるというものでした

3人を椅子に座らせ

(悲鳴を聞かれないためだろう)ガムテープで口を覆い、目隠しをすると

自分もニット帽で目隠しして回転してライフルで撃つ

3発目の弾がボブの心臓を貫きます

3人家族になり、ダイナーで食事をしていたティーブンとアナとキムは

店にマーティンが入ってくると

キムは意味深に大量のケチャップをポテトにかけ

食事が終わると素知らぬ顔で席を立ちますが

キムだけは店を出る前にちらりと彼を振りかえります

イピゲネイアの悲劇には後日談があるといいます

娘を失った母親は怒りと悲しみのあまり、夫のアガメムノンを殺してしまい

イピゲネイアの弟は、父親を殺した母親をせず殺します

でもこの物語に後日談があるとすれば

将来マーティンとキムが結婚することでしょうか(第三の計画)

マーティンは希望通りスティーブンを父親にし

息子を失ったスティーブンはマーティンを息子として迎え入れる

最初からボブが死ぬことは必然的だったのです


 

【解説】映画.COMより

「ロブスター」「籠の中の乙女」のギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス監督が、幸せな家庭が1人の少年を迎え入れたことで崩壊していく様子を描き、第70回カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞したサスペンススリラー。郊外の豪邸で暮らす心臓外科医スティーブンは、美しい妻や可愛い子どもたちに囲まれ順風満帆な人生を歩んでいるように見えた。しかし謎の少年マーティンを自宅に招き入れたことをきっかけに、子どもたちが突然歩けなくなったり目から血を流したりと、奇妙な出来事が続発する。やがてスティーブンは、容赦ない選択を迫られ……。ある理由から少年に追い詰められていく主人公スティーブンを「ロブスター」でもランティモス監督と組んだコリン・ファレル、スティーブンの妻を「めぐりあう時間たち」のニコール・キッドマン、謎の少年マーティンを「ダンケルク」のバリー・コーガンがそれぞれ演じる。

2017年製作/121分/PG12/イギリス・アイルランド合作
原題:The Killing of a Sacred Deer
配給:ファインフィルムズ
劇場公開日:2018年3月3日