野良犬(1949)

世の中に悪はない、悪いのは環境だ」(若い刑事)

そういう考えは私には分からない悪は悪だ」(ベテラン刑事)

 

まだ国際的に高い評価を受け鼻高々になる前の

ジョルジュ・シムノンメグレ警視」のファンだった黒澤明

ジュールズ・ダッシン 裸の町」(1948)に感銘を受け

こちらも新人脚本家だった菊島隆三と警視庁関係者に取材を重ねながら

脚本を練り上げたという熱意がこもった犯罪サスペンス

三船敏郎もまだ濃さは控えめで(笑)

2枚目俳優的なスーツ姿で、一瞬誰だかわからない程なんですけど

いつの時代もこういう若いエネルギーを感じる作品はやはりいいですね

黒澤も撮影終了後の取材では「俳優やスタッフと別れるのが辛かった」と

語ったそうです

戦後間もない東京で、野良犬が苦しそうに喘いでいる姿から

「野良犬」のタイトルバック

アメリカの動物愛護協会から「狂犬病の注射をした」と告発され

実際は野良犬狩りから殺処分される野良犬を貰い受け

狂犬病などではなく、撮影所の周りを走らせて撮影しただけ

裁判は免れたものの(見るからに水も与えず走らせるのは十分虐待だけどな)

黒澤は映画でも「戦争に負けた」悲哀を実感したといいます

いつの時代にもアンチは存在していたんですね

そんな野良犬の姿から、射撃訓練を終えた新米刑事の村上(三船敏郎の姿

村上は何気に銃を上着のポケットに入れると(現在ならありえない)

帰宅途中の真夏の満員バスの中暑さで意識が朦朧としてしまい

気がつくと拳銃をすられ、犯人を追うも見失ってしまいます

しかも拳銃には7発の銃弾が残っていたのです

上司の中島警部(水元)に報告すると

中島はスリ係の市川刑事(河村黎吉)に相談するといいと助言します

市川刑事はスリ犯はひとりとは限らない

他に怪しい人物はいなかったかと尋ねます

村上は香水のきつい女がいたことを教えます

何かを思い出した市川は

鑑識カードから女スリのお銀(岸輝子)に目星を付けます

お銀のもとを訪ねる村上、当然シラを切るお銀

スリになんの知識も持っていない村上は執拗にお銀を追い回すだけ

「ヒントだけでも」と、そのしつこさに観念したお銀はついに

「食い詰めた姿でうろついていれば、ピストル屋が声をかけてくる」

ことを教えます

「食い詰める」とは(借金などで)全くお金がなくなり

食べるものさえ手に入らない状態のことをいうそうです

ここでは復員兵(戦後帰国した兵士)が生活やお金に困り

戦場から持ち帰った銃を「ピストル屋」、今でいう転売ヤー買って

身銭を稼いでいたということなのでしょうか

貧しい復員兵姿で闇市や繁華街を何日もうろつく村上

ついにピストルを売ってやると声を掛けられた村上は

取引先の酒場に現れた「ピストル屋」のヒモ女(千石規子)を確保するものの

(村上から盗んだピストルを売りに来た)犯人には逃げられてしまいます

そこに淀橋強盗傷害事件が発生し、科研に送られた弾により

使われたのは村上の盗まれたコルトだったことががわかります

辞表を提出した村上に、中島警部は「不運はチャンスだ」と辞表を破き

村上を淀橋署(いまの新宿署)のベテラン刑事、佐藤(志村喬)に預けます

佐藤のヒモ女の聴取(取り引き)についていく村上

佐藤は煙草と引き換えに、ピストル屋が本多という名前で野球好だと突きとめ

巨人対南海戦が行われている後楽園球場に向かいます

捜査陣の手配から、アイスキャンディー売りの男が本多(山本礼三郎)を発見し

佐藤は場内放送係に頼み、正面玄関に来るよう呼び出すると

素直にやって来て確保される本多(昭和だね 笑)

そこから本多の評言により、復員兵から銃を買い取る際

担保(身元証明)として預かっていたのが「米の通帳」だとわかります

「米の通帳」=「米穀配給通帳」とは

戦後、米の配給を受けるため(現在の農林水産省から)発行された通帳のこと

つまり銀行でお金をおろすように、米を手に入れるのにも通帳が必要で

復員兵にとっては(パスポートと同じように)重要な身分証明書ということ

知らざれる日本のコメと政府の深い関係

「米の通帳」により、村上のコルトを売ろうとしていたのは

遊佐(木村功)という復員兵であることが判明

佐藤と村上は桶屋を営む遊佐の実家に向かいます

遊佐の姉は彼が住んでいたみすぼらしい離れにある小屋に案内すると

遊佐は復員したとき、帰りの汽車で全財産が詰まったリュックを盗まれ

それが原因で道を踏み外したのだと言います

その小屋で遊佐の恋人ハルミからの手紙を発見します

ダンスホールで踊子をしているハルミ(淡路恵子)を訪ねる佐藤と村上

楽屋で汗だらけで寝ている女性たちの姿がリアリティですね

ハルミは遊佐の姉と同じように、遊佐の罪状を聞いても

「リュックを盗んだ奴が悪い」と言うだけ

 

村上は自分も遊佐と同じ経験があった

復員したとき、故郷に帰る汽車で眠った隙に

(戦争中の手当など全て詰め込んだ)リュックを盗まれたと言います

村上はその口惜しさを糧に、犯罪者を捕まえるため刑事になったのです

 

さらに二件目の強盗事件が発生し

夫が出張した留守宅で主婦が射殺されてしまいます

犯人が同一犯(遊佐)なら、ピストルにはまだ弾が5発残っている

佐藤と村上はハルミが母親と住むアパートに行くと

母親の評言で、遊佐がハルミが欲しがっていた高価なドレスを贈るために

お金が必要だったことがわかります

ハルミが彼の居場所を白状するのを待ちますが

佐藤が煙草の吸殻とホテルのマッチを見つけたため

遊佐が宿泊している可能性のあるそのホテルに向かいます

遊佐を発見した佐藤はホテルの公衆電話から

ハルミの家にいる村上に電話をかけていると

それに気がついた遊佐が佐藤を撃つ

受話器越しに銃声を聞く村上、雨の中を逃げていく遊佐

 

病院に運び込まれた佐藤を見舞う村上

そこへ改心したハルミがやってきて

遊佐と京王線の大原駅で待ち合わせしていることを教えます

現場に駆け付け村上は遊佐の年齢や服装を手掛かりに

それらしき男を見つけたものの、逃げられてしまう

男を追いながら村上は(銃を佐藤に預けたため)丸腰であることに気付きます

遊佐の撃った弾が村上の左腕を貫いたものの

村上の気迫におののいた遊佐は銃を空に向かって乱射

弾がなくなったことを確かめた村上は遊佐に手錠をかけたのでした

 

遊佐の逮捕に汚名を返上した村上警視総監賞をもらうと

佐藤は「立派な刑事になって、俺と同じくらい賞状を貰えるといい」と

村上を讃えたのでした

 

 

【解説】映画.COMより

巨匠・黒澤明監督が初めて本格的な犯罪サスペンスに挑んだ意欲作。暑い夏の日の午後。若い刑事村上は射撃練習を終え、満員のバスに乗り込み帰路につく。しかし、車内でコルト銃を盗まれたことに気づき、慌てて犯人らしき男を追うが結局路地裏で見失う。コルトには実弾が7発。村上の必死の捜索もむなしく、やがてそのコルトを使った強盗事件が起きてしまう。窮地に追い込まれた村上は老練な刑事佐藤の助けを借り、コルトの行方を追うのだった……。真夏の都会を覆う息苦しいほどの灼熱の空気が緊迫感を生み出し、切れ味鋭い演出が目を見張る。

1949年製作/122分/日本
配給:東宝