
吉原神社には行ったことがあります(笑)
ご利益は、縁結び、商売繁盛、技芸上達
(遊女たちから信仰を集めていたことから)
女性の願いが叶うとされているそうです
映画の中の吉原遊廓は商店街のような賑わい(笑)
アーチに飾られているのが吉原弁財天なのかな
吉原神社にも似たオブジェがありました

吉原遊廓は、江戸幕府によって公認された遊廓で
明暦の大火(明暦3年1657)の後、浅草の日本堤(現在の千束)に移転
ここでの吉原炎上は明治44年(1911)におきた吉原大火のことで
江戸の大火の8割がなんと吉原で起こり
その原因のほとんどが遊女の放火によるものだったそうです

遊女じゃなくても、女の世界は恐ろしい
いつどんな形で陥れられるかわからない
藁人形に釘を打ち込むだけじゃ気が収まらない、っていうこと
あったと思います
明治5年(1872)日本政府は「芸娼妓解放令」という条例を出し
吉原を始めとする五つの地区を公娼地区として認可
それがどのようなものか映画の冒頭で警察官が簡単に説明しています

明治40年(1907)大手遊郭「中梅楼」に
船乗りの父親が海難事故を起こした賠償金の支払いのため
岡山から身請け金800円で売られてきた19歳の上田久乃(名取裕子)
「中梅楼」でお職を張っているのが、九重、吉里、小花の花魁3人
一番売れっ子の九重(二宮さよ子)は自称「年増女郎」
- 金のない大学生、宮田(井上純一)に入れ込んでいて
「おかあさん」から久乃の教育係を頼まれます
-
2番の吉里(藤真利子)は借金が多いにもかかわらず
- 株で大損した野口(益岡徹)に貢ごうと必死
- 3番の小花(西川峰子)は、医系の良家出身というだけあり上品
- しかし両親を亡し、弟を帝大の医学部に通わせるため
- 自ら遊女になったといいます
-
久乃は若汐という源氏名を与えられ
- 初店から九重の紹介で上客がつくことになります
- しかし床を前にして脱走
- それを見ていたのが救世軍で遊女の自由廃業運動をしていた青年
- 古島信輔(根津甚八)でした
- お互い一目で恋に落ちますが、古島は若汐を助けようにも追っ手に遮られ
- 若汐は連れ戻されてしまいます
-
布団部屋で折檻を受けた若汐は、九重によってオーガズムを教え込まれます
- 客と早く終わらせるためには、フリをすることが大事なことも
- (借金を返すため)何人も相手にするため、そうしなければ身体がもたない
- このレズビアン的な描写は当時話題になったそうですが
- ちょうどこのシーンのとき
- 在宅勤務中のダンナがリビングに飲み物を取りにやってきて
- 私に向かってひと言「変態」って言ったのよ
-
私が変態であることは否定しないけど(笑)
- 決してアブノーマルな映画ではないのでご安心を
- 男子が大好きなおっぱいと、おっぱいと、おっぱいと
- またおっぱいと、時々太もも
- いたって正常な男性向けエロでしかございません
-
明治41年、夏
- 若汐のもとに故郷の幼馴染で初恋の相手、勇吉が現れます
- 忘れられなかった、一緒になろう、俺の子を産んでくれのアツイ抱擁に
- 勇吉を受け入れてしまう若汐
- しばらくして(今でいう産業医の)婦人科医(山本清)から
- 妊娠していることを告げられます
-
帰り道ばったり会った吉里は若汐に「かき氷」を食べに行こうと誘い
- 出来ちゃったんでしょ、と
- 医者のあと落ち込んでいる顔をしているのは性病か妊娠しかない
- 堕胎には「ほおずき」の茎を(性器に)刺すのがいいと教えられます
-
江戸時代「ほおずき」には子宮を収縮させる作用があるといわれ
- 実際堕胎薬として用いられたことがあったそうです
- でも茎を刺すっていうのは、ほおずきと関係ないような気が・・
- かといって、それまでは石を用いていたということなので
- 男にとっての一瞬の快楽が、女にとっては激痛どころか生死にかかわる問題
-
そんなとき古島財閥の若き当主が若汐を指名してきます
- あの時一目惚れした救世軍の青年が、大金持ちになって若汐を買いに来たのです
- しかし古島は決して若汐を抱くことはありませんでした
- お腹の子の父親勇吉が、借金を踏み倒し人妻に手を出したことで
- (一緒になろうは嘘だった)全国に指名手配されていることを知った若汐は
- じっと鉢に植えられたほおずき実を見つめる
- ほどなくして若汐は川に入り流産します
-
学費を工面して欲しいため卒業したら結婚するという
- (いかにも嘘とわかる)学生との関係を清算した九重は
- 年季明け(借金を返し終わる、奉公の約束期間を終える)を迎えると
- 気丈に笑い吉原を去っていきます
-
九重の後を継いだ吉里ですが野口(借金を親が返した)に捨てられ自暴自棄
- 懇意の越後屋が酒に酔い「一緒に死のうか」(本人は覚えていない)と
- 言ったのをきっかけに、半狂乱になり剃刀を持って越後屋を追いかけ
- 通りに出ると勢いで金魚売りの首を斬ってしまいます
- それから自らの首を斬り自殺する
-
明治42年、由緒ある「紫」の名前を継いだ若汐
一方の小花は体を壊し(肺病にかかり)客を取ることができないでいました
入院した小花のため、帝大に通う弟を呼ぼうとするおかあさん
そこで小花を知る流しの演歌歌手に小花の出生を訪ねると
医者一家も帝大も弟も嘘、遊女の母親に捨てられたうえ
奉公先でも(男から)辛い目にあったことを教えられます

紫が尊敬していた小花お姐さんの話は全て妄想だった
しかも「男が欲しいんだよ」と入院先を抜け出すと
布団部屋で「噛んでぇ~、ここ噛んでぇ~」と、狂乱
のたうち回り最期は血を吐いて死んでしまいます

弟の写真というのも実は拾ったものだったのよと、古島に愚痴る紫
すると古島は
「君はいつから心の底まで娼婦に成り下がってしまったんだ」 と嘆きます
(小花の話を信じていた自分が許せなかった)紫は
「吉原は全て嘘」だと、古島と喧嘩し決別してしまいます

明治43年、1年ぶりに古島がやってきて
実家に勘当されたという手切れ金2千円で紫を身請けしたいと申し入れます
だけど紫はそのお金を花魁道中に使うと啖呵を切る
君に渡したお金だから自由に使っていいと、再び去っていく古島

明治44年春、花魁道中が復活し主役は紫でした
やっと、すべて古島のおかげだったと悟った紫
古島が(稼ぎが悪く住み替えさせられた)菊川(かたせ梨乃)のいる宿に
居ると知り駆け付けた紫ですが
古島はお春という若い遊女と暮らしていて
紫は菊川に追い払われてしまいます

坪坂に身請けされ吉原を出ることになった紫
そのとき吉原が炎上、火元は古島とお春が住む部屋でした
紫は古島を探すため吉原に戻りますが、激しい火の手がそれを拒みます

古島は性的不能者だったため、遊女の廃業運動をしたり
一方で(妻を娶ったとしても相手ができないため)紫の元に通っていたのでしょう
やがて跡継ぎが望めないことから実家から勘当されてしまう
さらに紫からも身請けを拒否されてしまう

古島が身を寄せたお春は、かっての紫の身代わり
遊女になること(性交渉)を拒否し逃げ出した若き乙女
それはインポテンツの男でも愛せる女
- 紫にとっては愛した男が心中したのは自分ではなかった
- これほど無念なことがあろうか
- 遊女というプライドだけのために、花魁道中にこだわってしまった
- 本当は古島と一緒に世帯を持ちたかったのに
-

- でもそうはならなかった
- それが宿命というもの
- でも結果的には、おっぱいと、おっぱいと、おっぱいと、またおっぱい
- 時々太ももを見るために作られた映画というのが
- 正直な感想だと思います(笑)
【解説】映画.COMより
斉藤真一の『吉原炎上』『明治吉原細見記』を原作に、吉原遊廓の花魁の生き様を描く。脚本は「瀬降り物語」の中島卓夫、監督は「極道の妻たち」の五社英雄、撮影も同作の森田富士郎が担当。また脚色構成として笠原和夫が参加し、「今は幻、吉原のものがたり」の作家近藤富枝が監修。
1987年製作/133分/日本
配給:東映