
原題は「Okros dzapi」(黄金の糸)
高崎映画祭のとき「母と娘-完全な夜はない」(2023)という
ジョージアの95歳になるラナ・ゴゴベリゼ監督による
旧ソ連で初の女性映画監督だった母親、ヌツァの人生を語るという
ドキュメンタリー映画を見ました

ヌツァの作品を含む1000以上の作品が上映不能になってしまったうえ
(学問と芸術家一家であった)母ヌツァは流刑となり、父は死刑
親族や友人の多くも死刑や自殺に追い込まれ命を絶ってしまったうえ
ゴゴベリゼ監督も学校では反逆者の娘と差別されたそうです

本作はそんな旧ソ連体制下を生き延びた女性の物語
たぶんゴゴベリゼ監督の自伝的作品で
日本人の私にはこのような波乱に満ちた人生は理解できるわけもないのだけど
いつか自分の過去を振り返り、見つめなおす時がきたら
その時にはやはり語り合える友人がいたらいいなと思いました

79歳の誕生日を迎えた作家のエレネは
娘から姑のミランダがアルツハイマーで物忘れが激しくなったため
同居したいと提案されます

ミランダはソ連時代の政府の高官で(認知でもそのことだけは覚えている)
純粋に思想を信じ国家に尽くしてきた人間
今でも彼女の実績(家や収入を与えてもらった)に感謝する人々も多いんですね
だけどエレネにとってミランダとの同居生活は
(母親を収容所に入れた側の人間であり、エレネの表現活動を弾圧した張本人 )
過去の最悪だった頃を思い出してしまう

3世代4世代が一緒に暮らすことが今でも多いそうです
異世代の交流も密接で平等
ミランダも孫娘に対して対等な立場をとっているように見えます
集合団地が多く、近所の人に会話も筒抜け
(でも植物やインテリアは素敵)
良くも悪くもプライバシーというものがあまりない

平等ということにはソ連体制下ではかなり徹底していて
公的には男女差別もなかったそうです(報酬も男女とも同じ)
その点では仕事をする女性が困難や不利を感じることは全くないそうです
そのかわり(全体主義では)個人の自由は否定され
厳しい検閲が行われていました

そんなとき60年前に付き合っていた恋人アルチルから
突然誕生日を祝う電話がかかってきます
彼は妻を亡くし車いす生活を送っているという
告白ならもっと早くしろよ、何を今さらなのですが(笑)
今の自分の正直な気持ちを話せるのは彼しかいませんでした
お互い理想に燃えていた「あの時代」を
若い人にわかってもらおうなんて無理な話
そのうえ老いとともに生まれてくる様々な問題

電話で「わたしたち」とやりとりするかっての恋人同士
つらかった母のシベリア強制収容(絶望の母子の姿をしたパンの人形)
権力を持つ者に対する確執
パステルナークの詩
路上のタンゴ

失われたと思っていた時が失われていないことに気付く
「あとは未来を楽しむだけで良いのでは?」

かっての主義思想の違いも、理解と思いやり次第でやり直せるかも知れない
過去を失くすのではなく、修復し未来へと繋ぎ合わせる
そのことをゴゴベリゼ監督は「金の糸」に例えているのですね
それは日本の「金継ぎ」という金属粉で壊れた器を修復する
伝統工芸からインスピレーションを受けたそうです

「過去に囚われてはいけない でも過去を壊してもいけない」
ラスト、エレネとマルチルはそれぞれの自宅で踊ります
エレネはひとりで、マルチルは車いすに乗って
そのとき「老人は暗い服がいいと」言っていたエレネは
素敵な白いドレスを着ていました
【解説】映画.COMより
ジョージア映画界を代表する女性監督ラナ・ゴゴベリゼ監督が、日本の陶器の修復技法「金継ぎ」に着想を得て、過去との和解をテーマに描いた人間ドラマ。ジョージア・トビリシの旧市街の片隅にある古い家で娘夫婦と暮らす作家のエレネは、79歳の誕生日を迎えたが、そのことを家族の誰もが忘れていた。娘は姑のミランダにアルツハイマーの症状が出始めたため、この家に引っ越させて、一緒に暮らすという。ミランダは、ジョージアのソビエト時代に政府の高官だった女性だ。そんなエレネの誕生日に、かつての恋人アルチルから数十年ぶりに電話がかかってくるが……。
2019年製作/91分/G/ジョージア・フランス合作
原題または英題:Okros dzapi
配給:ムヴィオラ