無法松の一生(1943)4kデジタル修復版 「ウィール・オブ・フェイト~映画「無法松の一生」をめぐる数奇な運命~ 」(2020)

「これからは、吉岡さん、とでも呼んでください」

念願かなって、やっと見ることができました

(昨年10に月NHKで放映(2021年の再放送)の録画をやっと鑑賞)

原作は岩下俊作の「富島松五郎伝

脚本を執筆した伊丹万作伊丹十三の父親)が病(肺結核)に伏せ

屋代島(周防大島)に転地療養することになり

稲垣浩が代わって監督し完成させたというもの

しかし「居酒屋で熊吉が松五郎に嫁を貰うことを薦められるも断る

松五郎が壁に掲げてある美人画のポスターを貰う(2分37秒)

「松五郎が未亡人に想いを告白する

松五郎が居酒屋で酒を飲む」「松五郎が雪中に倒れる」(7分50秒)

のシーンが内務省の検問により切除され

戦後になるとGHQによる検閲で「日露戦争大勝祝賀の提灯行列」

「吉岡敏雄が学芸会で唱歌・青葉の笛を歌う」

「青島陥落を祝う提灯行列ので敏雄らが軍歌を歌う」

計8分程が切除

実は、この映画の脚本に感銘を受けた内務省の検閲官が

公開は終戦を待とうと提案したにもかかわらず
大映は製作費回収のため早期公開を決定、検閲を通すことになり

稲垣浩は自らフィルムにハサミを入れたそうです

しかもなぜ、それらのフィィルムを保存しなかったのか

フィルムの原料は、爆弾の材料と同じニトロセルロースだったため
「映画にまわすフィルムは1フィートもない」 という政府(軍)の方針

本来価値があるものよりも、そんなわずかな材料で

敵国を倒せると思っていた愚か者たちの仕業

さらに「ウィール・オブ・フェイト」の監督でもある山崎エマが

「この作品が軍部と占領軍(GHQ)によって二度カットされたことで

かえって園井惠子さんが演じる未亡人に対する

身分違いの阪妻さん演じる車夫の思いの純粋さが強く感じられるようになり

よりピュアな作品になった」とコメントしていたことには

ちょっと違和感を感じましたね

向こう見ずで明るい、おせっかいでお人好し

負けたこと、自分だって泣いたことがあるのもすぐに認める

潔よさが魅力の人力車夫、松五郎

ある日、怪我をした吉岡大尉のひとり息子を助けたことから

松五郎の人柄の良さに惚れ込んだ吉岡大尉

しかし吉岡大尉が急逝してしまい、松五郎は夫人から

「ボンボン」こと敏雄の面倒を見て欲しいと頼まれます

元気いっぱい運動会のかけっこ、お祭りの神楽太鼓

だけど「ボンボン」の成長にともない

吉岡夫人とも距離をおくことを悟る松五郎

しかも酒場に貼られていた美人画のポスターに夫人の顔を重ねてしまい

そのポスターを持ち帰り

夫人に好意を抱いていたことに気が付いてしまうのです

寡婦とはいえ、軍人のしかも大尉の妻

身分違いの人妻を好きになることなど許されない

「奥さん、俺は汚ない・・」という謎の言葉を夫人に残すと

それから二度と松五郎は夫人と会うことはありませんでした

酒を飲まない松五郎が酒に溺れるようになり

ある大雪の夜倒れてしまい、そのまま雪の中で死んでしまう

それらのカットされてしまったシーンこそ

長い年月、吉岡夫人と「ボン」こと敏雄のため

身銭を削って貯金していたことに涙するのです

松五郎にできることはそれしかなかったから

吉岡夫人役を務めた園井恵子が広島で被爆

若くして亡くなったこともあるのでしょう

 

稲垣はこの無念を晴らすため、今度は東宝製作で

三船敏郎高峰秀子によるリメイク版1958)

伊丹の完全版の脚本で撮り直すことにします

三船敏郎阪東妻三郎の松五郎のイメージを損なわないよう

相当研究したのではないでしょうか

作品は高く評価され、ヴェネツィア国際映画祭では金獅子賞を受賞

わたしもお気に入り映画のひとつ

「ウィール・オブ・フェイト」では

稲垣浩の息子稲垣涌三宮川一夫の長男宮川一郎阪東妻三郎の四男田村亮

宮川一夫の弟子、宮島正弘ら出演と解説

稲垣浩の当時の苦渋の選択を、日本アニメーション協会会長古川タク

アニメーションで再現するという手法

松五郎が過去を振り返る、人力車の車輪運動会

提灯行列などの映像がオーバーラップ

二重三重に重なって現れては消えていくのは

カメラからフィルムを取り出さず

「撮影→巻き戻し→再撮影」を何度も繰り返

多重露光のはじまりともいえる手法、今でいう「特撮」のひとつですね

緻密な計算、研ぎ澄まされた感覚

ひとつ失敗したらそれまでの撮影は全てパア

宮川はその撮影計画表(絵コンテ)

「カンジン(肝心)帳」と呼んでいたそうです

戦前には今も邦画界を代表する山中貞雄という偉大な監督もいますが

世界に誇れる名作を作り出したのは、宮川と言って過言ではない

リメイク版のカメラは、三船敏郎お気に入りの山田一夫

なぜ稲垣が再び宮川を選ばなかったのか、理由は描かれていませんでしたが

 

宮川は生涯リメイク版を観ることはなかった、と

幕は閉じられたのでした

 

 

【解説】ショートショートフィルムフェスティバルより

二度にわたる検閲、主演女優の原爆死。本作は、『無法松の一生』の知られざる数奇な運命を紐解くとともに、宮島正弘撮影監督の修復にかける想いと、コロナ禍での国境を越えた修復に密着したドキュメント。 ナレーションはリリー・フランキー

監督:山崎エマ 出演:宮島正弘、白井佳夫、田村 亮、太田米男

出演:宮島正弘、白井佳夫、田村 亮、太田米男 20分 カラー&モノクロ 日本語 2020年 アメリカ/日本