暗殺の森(1970)4K修復版

原題はIl conformista

(順応主義者のこと、ここではファシズムへの同調者という意)

これは凄いものを見てしまいました

映像が物語を語るとはこのこと

 

30歳になったばかりのヴィットリオ・ストラーロ

若干29歳のベルナルド・ベルトルッチ

ふたりの天才の革命的な出会い

原作は、アルベルト・モラヴィアが1951年に発表した

同名小説(邦題は「孤独な青年」)

パラマウントから「いい企画はないか?」持ちかけられたベルトルッチ

当時の恋人マリア・パオラ・マイノがファンだったという

孤独な青年をプレゼンするとそのまま製作することになったそうです

が、ベルトルッチ自身はこの小説を読んでおらず(笑)

そこから本を読み、およ1か月で脚本を書き上げたということ

1938年、第二次世界大戦目前のイタリアローマ

哲学講師のマルチェロジャン=ルイ・トランティニャン)は

盲目友人イタロ

ブルジョアの娘ジュリア(ステファニア・サンドレッリ)と結婚し

平凡な家庭を築きたいと打ち明けます

マルチェロは13歳の時、クラスメートから屈辱的ないじめを受けていましたが

ある日運転手のリノに助けられます

しかしリノはマルチェロを自分の部屋に連れ込むと

ピストルを見せ性的な要求をし

抵抗したマルチェロピストルを奪い、彼に発砲して逃げます

実際は未遂に終わり、リノは死んでいなかったのですが

その事件をきっかけに、マルチェロは自分が同性愛者であることに気付き

リノを殺したと思い込んでいます

そのことがトラウマになっているマルチェロ

イタロの仲介でムッソリーニが率いる国家ファシスト党に入党

秘密警察(反ファシズム自警弾圧機構)の一員となります

そこで大学時代の恩師であり、パリに亡命しファシズム運動をしている

ルカ・クアドリ教授エンツォ・タラシオ)を監視する任務を与えられます

なぜ大人になったマルチェロファシスト党になったか

そこにこの作品の原題「順応主義者」の意味があるのです

マルチェロは自分がゲイ

マイノリティであることに悩み(盲目の人々もしかり)

普通の人間であること、普通の暮らしをすることを望んでいました

その「普通」こそが、当時のイタリアでは「ファシズム」だったのです

そしてもうひとつ、マルチェロ教授再会するシーン

マルチェロは大学の卒業論文のだったという、「洞穴の囚人」の話をします

これがまた難解で(笑)

プラトンの著作「国家」(ポリテイア に出てくる「洞窟の比喩 」のこと

洞窟に住む縛られた人々が見ているのは

「実体」(彼ら)の「影」であるにもかかわらず

それを実体だと思い込んでいる、という物語

「影」は抑圧された潜在意識の象徴、つまりマルチェロ自身

さらに「国家」には「洞窟の比喩 」のほかに

「太陽の比喩」「線分の比喩」というのがあって

プラトン哲学における「善のイデア」を説明するための3つの比喩)

それをたとえプラトンも哲学も知らなくても、見た通り

 

意識(光)と無意識(影)、反ファシズム(光)とファシズム(影)

全て映像で表現しているのです

しかもブラインドから漏れる太陽光

洋服の柄までが白黒のストライプという憎い演出

マルチェロは母親の若い愛人を相棒(監視役)のマンガニエロに殺させ

精神病院に入院している父親に会いに行くと結婚の承諾書にサインさせます

 

懺悔で悔い改めたマルチェロはジュリアと結婚式を挙げ

(同性愛、殺人、婚前交渉など告白するが、彼が秘密警察であったため神父は赦免)

新婚旅行と称してパリへ向かいクアドリ教授を訪ねると

迎えてくれたのはクアドリ教授の若く美しい妻

アンナ(ドミニク・サンダ)でした

 

このときドミニク・サンダ、わずか19歳

その妖艶さには身震いしてしまうほど

マルチェロが夫の周辺を嗅ぎまわしていることに気付きながら

彼を誘惑する見事なファム・ファタールぶり

さらにジュリアにまで意味深な態度をとります

ナイトクラブで女同士で踊るふたりを「やめさせよう」というマルチェロ

「どうして?美しいじゃないか」と答える教授

それは教授もアンナも「順応主義者」ではないから

「影」ではなく、本来の自分の姿こそ本物

中華料理店でマルチェロ合流したマンガニエロ

翌日教授が向かう別荘の場所を教えます

教授の殺害をためらうマルチェロ

「これは戦争だ くじけた奴は脱走兵だ」

マンガニエロはマルチェロファシストへの献身を試します

マルチェロはアンナに教授に同行しないよう頼みますが、アンナは教授に同行し

教授の車が出発すると、マルチェロとマンガニエロがあとを追う

人気のない山道に入ると、ファシスト工作員たちが現われ教授を襲うと

逃げ出したアンナが助けを求めにやってきます

後部座席に乗っているのがマルチェロだと知り、彼の裏切りに気付く

森に逃げ込んだアンナが殺されるのを、ただ見つめるマルチェロ

マルチェロの卑劣さにうんざりしたマンガニエロは

その場を去っていくのでした

それから5年後の1943

ムッソリーニ社会共和国公爵辞任とファシスト独裁政権が発表

マルチェロとジュリアは子宝にも恵まれ、まさに「普通」の暮らしをしていましたが

 

やがて終戦を迎え、ファシズム崩壊

ムッソリーニの像は倒されて、人々はファシストを糾弾していました

「これからどうするの?」

「また大衆に紛れるだけだ」

イタロを伴って街へ出たマルチェロは、偶然少年を誘っている白髪の男を見ます

それは13歳のとき殺した(と思っていた)年老いたリノでした

奴こそ自分がファシズムに傾倒するきっかけになった男

 

マルチェロはリノをファシスト、同性愛者

クアドリ教授殺害の真犯人だと非難します

さらにイタロをファシストだと名指しすると、群衆がイタロを連れ去ります

マルチェロはリノが話していた少年を見つめると、路地裏に崩れ落ちたのでした

こんな傑作を今まで見ていなかったことを後悔すると同時に

今だから、この年になったからこそ少しは理解できたのだと思います

 

素晴らしいのひとこと

「お気に入り」を献上させていただきます

 

 

【解説】映画.COM

ラストタンゴ・イン・パリ」「ラストエンペラー」で世界的に知られるベルナルド・ベルトルッチ監督が1970年に手がけた作品で、アルベルト・モラビアの「孤独な青年」を原作に、過去の罪に捕われファシストにならざるを得なかった男の悲哀を描いた。幼い頃、自分を犯そうとした男を射殺してしまったマルチェッロは、いまだに罪の意識が消えずにいた。ある日、彼に反ファシズムのクアドリ教授暗殺の命が下る。好奇の目にさらされながらも優雅に踊る女同士のダンスシーン、雪の降り積もった森での暗殺シーンなどベルトルッチと名匠ビットリオ・ストラーロのコンビが描く映像美も見どころ。日本では72年に劇場公開されており、ベルトルッチ作品の日本における初劇場公開作となった。2015年、デジタルリマスター版でリバイバル公開。

1970年製作/110分/イタリア・フランス・西ドイツ合作
原題:Il conformista
配給:コピアポア・フィルム
劇場公開日:2015年10月31日