1970年代にTBSラジオで毎週月曜日の午後8時から放送された
「淀川長治/私の映画の部屋」の単行本化第二弾
【目次】
鬼才フェデリコ・フェリーニ
映画興行のうらおもて
ヒッチコック劇場
記録映画
映画の祭典アカデミー賞
ギャング映画
ハロー!バスター・キートン
映画のなかの食べ物
キャサリン・ヘプバーン
映画に出てくる動物たち
ビリー・ワイルダーはいたずら好き
日本映画の今昔
とにかく淀川先生の語り口が上手すぎて(笑)
思わず引き込まれてしまい
紹介されている作品すべてを見たくなってしまいます
映画評もさることながら、ここには淀川先生の「大好きなもの」
「愛」と「感動」が詰まってる
フェデリコ・フェリーニ、バスター・キートン、キャサリン・ヘプバーン
ビリー・ワイルダーの話が出色ですが
意外にも邦画にもツウだったことに驚かされます
その中でも私の見たことも聞いたこともない映画のなんて多いことか
これからの映画鑑賞のための覚書としてここに残したいと思います
記録映画からは、宮城まり子監督「ねむの木の詩」(1974)
ギャング映画からは、フランチェスコ・ロージの「コーザ・ノストラ」(1973)
「真実の瞬間」(1963)「イタリア式奇蹟」(1967)
ウィリアム・ケイリー「Gメン」(1935)
ジョン・ミリアス「デリンジャー」(1973)
W・S・ヴァン・ダイク「男の世界」(1934)
バスター・キートンからは、淀川先生お気に入りの5作品
「セブン・チャンス」(1925)
「海底王キートン」(1924)「キートンの蒸気船」(1928)
「キートンの探偵学入門」(1924)「恋愛三代記」(1923)
映画のなかの食べ物からは、ルイ・マル「恋人たち」(1957)
サシャ・ギトリ「トランプ物語」(1936)
ジョン・ヒューストン「イグアナの夜」(1964)
E・A・デュポン「バリエテ」(1925)
ボー・ヴィーデルベリ「みじかくも美しく燃え」(1967)
キャサリン・ヘプバーンがデビューした頃の作品はお恥ずかしながら
「若草物語」(1933)くらいしか見ていないのですが(笑)
主演3本目でアカデミー賞主演女優賞
演技部門でオスカーを4回受賞したただひとりの俳優
最初から強気で、大物監督と組みド派手なデビューだったそうです
ジョージ・キューカー「愛の嗚咽](1932)
ドロシー・アーズナー「人生の高度計」(1933)
シドニー・ルメット「勝利の朝」(1933)
ジョージ・スティーブンス「乙女よ嘆くな」(1935)
「女性No.1」(1942)で第二のパートナーとなるスペンサー・トレイシーと共演
「私、あなたより背が高いからお困りでしょ」というヘプバーンにトレイシーは
「心配しないでください、やってるうちに同じ背の高さになってみせます」
と答えたそうです
気の強い女は、余裕のある男に弱い(笑)
そんな多くのヘプバーンの主演作のなかでも、淀川先生の隠れた名作は
ジョセフ・アンソニー「雨を降らす男」(1956)
ジョセフ・L・マンキーウィッツ「去年の夏突然に」(1956)
ヘプバーン円熟期の作品ですが全く知らない・・・(汗)
映画に出てくる動物たちからは
ホール・バートレット「かもめのジョナサン」(1973)
マイク・ニコルズ「イルカの日」(1973)
フォルコ・クイリチ「チコと鮫」(1962)
スチュアート・ヘイスラー「僕の愛犬」(1940)
豊田四郎「猫と庄造と二人の女」(1956)
「かもめのジョナサン」は原作(リチャード・バック/五木寛之訳)は
中学生の頃読んだのであらすじは記憶にありますが
かもめの調教はヒッチコックの「鳥」の調教師らが手がけたそうです
「チコと鮫」は手塚治虫氏の「ブラック・ジャック」に似た話がありました
天下の手塚先生もパク・・・オマージュをしていたんですね(笑)
ビリー・ワイルダーは結構見ているほうだと思うのですが
気になるのはギャグニーの引退作品「ワン・ツー・スリー」(1961)
「コカ・コーラ」のCMと思う展開にまさかのオチ
淀川先生がワイルダーを「いたずら好き」と例えるのもよくわかります
日本映画の今昔から、未見な作品は
熊井啓「サンダカン八番娼婦・望郷」(1974)
栗原喜三郎「アマチュア倶楽部」(1920)
トーマス栗原「葛飾砂子(かつしかすなご)」(1920)
溝口健二「狂恋の女師匠」(1926)「日本橋」(1929)
辻吉朗「槍供養」(1927)
戦前の作品の多くが紛失してしまい、現在では見ることができないのが残念
公文書もだけれど、後世に残すべき大切なものを
日本人はなぜ簡単に破棄できるのだろう
それはともかく(笑)
自分で見たい映画を選ぶとどうしても偏ってしまうのですが
このような解説本を読んだり、裏事情に触れたり
いろいろな映画ランキングを知ることによって
映画を見る視野がぐっと広がります
本を読み終えて、改めて淀川長治先生のような魅力的な映画解説者が
映画の面白さを伝えてくれる人が、もういないことを寂しく思いました
それだけ語るべき映画が少なくなったのも事実なのだろうけれど