「物理学300年の成果が大量破壊兵器か?」
「ノーベルもダイナマイトを発明した」
原題は「Oppenheimer」
原作はピュリッツァー賞受賞の
「オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇」
(American Prometheus: The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer)
第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞
編集賞、撮影賞、作曲賞の主要7部門受賞
クリストファー・ノーランはインタビューで
子どもの頃聞いたスティングの「ラシアンズ」(Russians)で
オッペンハイマーを知り興味を持ったと答えていましたが
メッセージがありますね(笑)
当時のユダヤ人科学者の置かれていた立場や
オッペンハイマーが共産党員でソ連に機密情報を流したという疑惑
「オッペンハイマー事件」を軸に描いているんですね
ドイツからのユダヤ系移民であったこと
ディズニーが熱烈な右翼として成功したのに対し
カザンは仲間を売ったという十字架を生涯背負うことになります
これらの背景が、アカデミー賞受賞の大きな要因になったとのではないかと
個人的には思っています
作風はいかにもクリストファー・ノーランらしく(笑)
時系列はバラバラ、現実と幻影が入り混じりながら展開していきます
物語は大きく、オッペンハイマーの目線(カラー)と
米国原子力委員会(AEC)のルイス・ストローズの目線(白黒)にわかれていて
ノーランファンにとっては面白い構成かも知れませんが
どこまで史実に基づいているのか、伝記ものとしても
非常にわかりにいのが正直なところ(笑)
1947年、ストローズはアインシュタインらを擁している
アインシュタインはストローズを無視します
自分の悪口を言ったのだと
さらにオッペンハイマーの特有の嫌味を含んだジョークに
自分が小ばかにされたと思い込んでしまう
それは単なる勘違いなのですが、そのことを根に持ち一生忘れない
面倒くさい男だったのです(笑)
ロスアラモス国立研究所の初代所長になったオッペンハイマーは
ナチス・ドイツとの核エネルギーの開発を競争するための研究チームを結成
核エネルギーを利用した原爆の開発を進めますが
ヒトラーが自殺しドイツが降伏
これでドイツに原爆を投下しなくて済むと、安堵する科学者たちもいたわけですが
「日本がある」とオッペンハイマー
3年の歳月と22億ドルの予算が注ぎ込まれた国家プロジェクト
原爆で日本を降伏させる、原爆こそが戦争を終わらせるという名義のもと
原爆を完成させ、人類初の核実験トリニティは成功
広島と長崎への原爆投下が成功すると、研究所は歓喜に湧きます
タイムズ紙で「原爆の父」と称えられ
英雄として賞賛されるようになったオッペンハイマー
しかしエドワード・テラーの予言通り爆発は大気に引火し破壊力を増し
直接爆破の被害に遭わなかった人々も、後遺症で死亡していくことがわかり
実際の死者の数はオッペンハイマーの計算を遥かに上回っていたことを
後になってから知らされるのです
(計算は得意だが、実験(現実)に弱いことが伏線になっている)
トルーマン大統領からホワイトハウスに呼ばれたオッペンハイマーは
「自分の手が血塗られているように感じます」と語ると
大統領は彼を「泣き虫」と罵ったのでした
(日本への原爆投下で)人道的影響から、倫理観に目ざめたオッペンハイマー
(そういいながら、現実は来日した際も広島と長崎には訪れなかった)
1954年になると、ストローズはオッペンハイマーの影響力を排除するため
AECの保安公聴会に働きかけ、米国エネルギー省(DOE)への機密保持許可
(国家安全保障情報、機密データにアクセスするためのセキュリティ)を
オッペンハイマーから取り消すための工作に成功するのです
(事実上の公職からの追放)
22 歳のとき理論物理学の博士課程学生としてケンブリッジ大に留学
量子物理学の研究で計算は得意だが、実験は失敗ばかりでした
博士号取得後はカリフォルニア大バークレー校とカリフォルニア工科大で教鞭をとる
ロスアラモス国立研究所の初代所長に任命され
世界で初原子爆弾を開発に成功する
1965年、咽頭がんとわかり1967年62歳没
ルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・ジュニア)
戦後の核兵器開発、核エネルギー政策における主要人物でAECの委員長
靴のセールスマンからフーバー長官の腹心にまで昇進した叩き上げ
オッペンハイマーに馬鹿にされたと思い込んでいて復讐する
アメリカ陸軍工兵隊(USACE)士官、マンハッタン計画の責任者
日本への原爆投下のスケジュールを立てた張本人
「(広島と長崎への)2発だけ」は史実と違い
実際には17基にも及ぶ原爆の投下が計画されていた
キャサリン・「キティ」・オッペンハイマー (エミリー・ブラント)
オッペンハイマーと知り合った時は既婚だったが
オッペンハイマーの子を妊娠して夫と離婚する
ジーン・タトロック(フローレンス・ピュー)
精神科医、古文英語の文献学者
オッペンハイマーの元恋人でオッペンハイマーが結婚後も関係を続けていた
共産党員でFBIの監視下に置かれいて、1944年自殺(署名のない遺書)
検死で薬物(抱水クロラール)が見つかったことから暗殺という説もある
フランク・オッペンハイマー(ディラン・アーノルド)
妻ジャッキー(エマ・デュモント)と共に元共産党員
キティが育児ノイローゼになったときオッペンハイマーの息子を預かる
アーネスト・ローレンス(ジョシュ・ハートネット)
ノーベル賞受賞(1939)した核物理学者で
カルトロン(加速器=ウランの濃縮装置)を開発し
広島に投下された原爆(リトルボーイ)の濃縮ウラン235を製造
カルトロンの改良に力を注いだ一方、カラーテレビの真空管なども開発
潰瘍性大腸炎とアテローム性動脈硬化症により1958年57歳没
ボリス・パッシュ(ケイシー・アフレック)
アメリカ陸軍の情報将校、アルソスミッション
(敵国の科学的発展を発見するための軍人や科学者による組織)のトップ
ソ連出身で父親はロシア正教会の神父(当時アメリカとソ連は同盟国)
核物理学者、トルーマン大統領に原爆使用前に日本に警告するよう
(シラードの嘆願書)求めた科学者のひとり
彼の公聴会での「オッペンハイマーの失脚はストローズの個人的な動機」
という評言により、上院はストローズの米国商務長官指名を否決した
【左】パトリック・ブラケット(ジェームズ・ダーシー)
ノーベル賞を受賞(1922)したデンマークの物理学者、哲学者
オッペンハイマーが尊敬している
パトリック・ブラケット
オッペンハイマーが実験に失敗したことで講義を受けさせず
オッペンハイマーは彼のリンゴに注射で青酸カリを盛る(未遂に終わる)
「水爆の父」として知られる理論物理学者
核融合を用いた水素爆弾へ発展させるべきだと主張しオッペンハイマーと対立
ケネス・ニコルズ(デイン・デハーン)
マンハッタン計画の安全監督
ヴェルナー・ハイゼンベルク(マティアス・シュバイクホファー)
ヴェルナーの知識がナチスによる原爆製造の解明に役立つと
オッペンハイマーは信じている
リリー・ホーニグ(オリヴィア・サールビー)
マンハッタン計画に携わった唯一の女性
ノーベル賞受賞物理学者(1944)
オッペンハイマーと共にプロジェクトに取り組む
陸軍長官、原爆投下で京都を候補地から外すよう命じる
(新婚旅行先の思い出の地で美しい街でだったから)
第33代アメリカ合衆国大統領
1945年8月に広島と長崎に原子爆弾を投下する決断を下した
ロジャー・ロッブ(ジェイソン・クラーク)
保安公聴会での特別検察官
オッペンハイマーと他の証人に対し、共産主義者との関係について尋問し
2 対 1 でオッペンハイマーの機密保持許可を剥奪することを理事会が可決
ウィリアム・L・ボーデン(デヴィッド・ダストマルチャン)
米国議会原子力エネルギー合同委員会(JCAE)の事務局長
公聴会でFBI宛にオッペンハイマーがソ連のスパイだと告発した
手紙を書いたことを明かした
ゴードン・グレイ(トニー・ゴールドウィン)
トールマンとアイゼンハワー政権の弁護士で政府高官
(ストローズが任命した)公聴会の委員長
オッペンハイマーの機密保持許可の取り消しを決定する
- ストローズの側近で上院補佐官(オールデン・エアエンライク)
-
ロイド・K・ギャリソン(メイコン・ブレア)
相対性理論で知られる理論物理学者、ノーベル賞受賞(1921)
ドイツ生まれのユダヤ人で社会主義者(1940年アメリカ国籍を取得)
(そのわりにはアインシュタインに意見を求めている 笑)
ラスト、オッペンハイマーとアインシュタインの会話のフラッシュバック
ふたりがストローズについて何も語っていなかったことがわかります
(単にインテリの興味のないことに無関心あるある)
1963年、オッペンハイマーはジョンソン大統領により
エンリコ・フェルミ賞を授与されたことにより、汚名挽回したそうです
それでも私がこの映画を見た限りでは、オッペンハイマーが
戦争を終わらせた英雄とか、「赤狩り」の被害者というより
彼の人格そのもの問題、というか
ほとんどの登場人物に人格障害があるように思えました
【解説】映画.COMより
「ダークナイト」「TENET テネット」などの大作を送り出してきたクリストファー・ノーラン監督が、原子爆弾の開発に成功したことで「原爆の父」と呼ばれたアメリカの物理学者ロバート・オッペンハイマーを題材に描いた歴史映画。2006年ピュリッツァー賞を受賞した、カイ・バードとマーティン・J・シャーウィンによるノンフィクション「『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」を下敷きに、オッペンハイマーの栄光と挫折、苦悩と葛藤を描く。
第2次世界大戦中、才能にあふれた物理学者のロバート・オッペンハイマーは、核開発を急ぐ米政府のマンハッタン計画において、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。しかし、実験で原爆の威力を目の当たりにし、さらにはそれが実戦で投下され、恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受けたオッペンハイマーは、戦後、さらなる威力をもった水素爆弾の開発に反対するようになるが……。
オッペンハイマー役はノーラン作品常連の俳優キリアン・マーフィ。妻キティをエミリー・ブラント、原子力委員会議長のルイス・ストロースをロバート・ダウニー・Jr.が演じたほか、マット・デイモン、ラミ・マレック、フローレンス・ピュー、ケネス・ブラナーら豪華キャストが共演。撮影は「インターステラー」以降のノーラン作品を手がけているホイテ・バン・ホイテマ、音楽は「TENET テネット」のルドウィグ・ゴランソン。第96回アカデミー賞では同年度最多となる13部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン・マーフィ)、助演男優賞(ロバート・ダウニー・Jr.)、編集賞、撮影賞、作曲賞の7部門で受賞を果たした。
2023年製作/180分/R15+/アメリカ
原題:Oppenheimer
配給:ビターズ・エンド