「惚れた女に言ってやれ ”せかいで一番お前が好きだ” ってな」
キネマ旬報ベスト・テン 1位(日本映画作品賞)、脚本賞
高崎映画祭 最優秀作品賞と2024年の映画賞を賑わせている本作
一緒に高崎映画祭に参加した徳さんがDVDを贈ってくれました
徳さん、ありがとうございます!
幕末の江戸
排泄物を買い取り(下肥(しもごえ)買い)
農民へ売ることを生業としている「汚穢屋」(おわいや)の青年と
父が浪人になり、処刑され
自身も喉を切られ声を失った、貧しい長家暮らしの娘
きくとの恋模様
8編のショートストーリーに区切られているので
ひとつひとつのエピソードが短く見やすいですね
(一部カラーの意味は不明)
ただ、大人の肛門期というか (笑)
スカトロジーというか(笑)
便の描写にはかなりのこだわりを感じた一方
私的には、もう少し糞尿のシーンは控えめのほうがよかったです
おきく(黒木華)は寺子屋で子どもたちに読み書き教えている22歳
突然の雨で厠(公衆トイレ)の庇(ひさし)で雨宿りをすると
そこには 下肥買いの矢亮(池松壮亮)と
紙屑拾いの中次(寛一郎)がいて
おきくは中次に一目惚れしてしまいます(笑)
私は恋愛で、一目惚れほど強力なものはないと思っています
いわゆる「あばたもえくぼ」
その人のどんな欠点でさえ愛おしいと思ってしまう
中次は「紙屑など売っても割に合わんだろう」と矢亮に誘われ
矢亮の相棒となって糞尿を買取り、江戸川の水路と荷車を使って
郊外の農家(地主)に収めにいくようになります
安政5年秋のある日、長雨が続き
おきくの住む長屋の厠(ここも公衆トイレ)から
便があふれ出し悪臭が立ち込めます
そこに大家に頼まれた矢亮と中次が片づけに来ると
思わず「私のはありません!」と叫んでしまうおきく(笑)
おきくの父、源兵衛(佐藤浩市)は、そんなおきくの気持ちを察してか
中次に「“せかい”という言葉を知っているか?」
空は果てしなく、彼方には知らない事がたくさんあるのだと
もし好きな女ができたら「せかいで一番好きだ」と言えばいいと教えます
でも教養もない、読み書きもできない中次は
源兵衛の言っている意味がわかりませんでした
そこに3人の侍が現れ、源兵衛は彼らについていきます
おきくに父親を知らないかと訪ねられると
「侍と一緒に東へ向かった」と答える中次
おきくは家の戸棚から懐刀を持ち出し父親を追いかけます
ぽかんとしている中次に
元桶屋の孫七(石橋蓮司)は、「なぜおきくを止めなかった」と
「庶民には“武家のしきたり”なんぞわからんからな」と嘆きます
そして竹林で背中を斬られて倒れている源兵衛と
少し離れ、ゼイゼイと息が漏る首の傷口を押さえているおきく
おきくは一命を取り留めたものの、声を失ってしまい
父親を亡くした悲しみから床に伏せてしまいます
(長屋の女たちが食べ物を届けている)
半年が過ぎ、おきくのもとに
お寺の和尚(眞木蔵人)が寺子屋の子どもたちとやってきて
和尚は扉越しに「おきくさんには役割がある」
「役割は 役を割ると書く」 (これは名言)
「読むことはできなくても 書くことはできる」
「できないことは できる者がすればいい」 と声をかけます
「師匠」「お顔が見たいです」という子どもたちに
おきくは布団から出ると、ついに扉を開け笑顔を見せます
中次が紙問屋から頼まれた紙の束(半紙)を届けに来ると
おきくはさらに元気を取り戻します(笑)
半紙に「ちゅうじ」と書き、ひとり恥じらい畳に転がって照れてしまう
中次も矢亮も「臭い、臭い」と皆から蔑まれているけれど
厠の汲み取り業がなかったら、便所は溢れ町の人々は困る
肥料が手に入らず、農家も困る
おきくはふたりが重要な仕事をしているとわかってるんですね
だから矢亮が武家屋敷の門番から買取料を吊り上げられたうえ殴られ
便を浴びせられた姿を見ても、手ぬぐいを差し出す
矢亮から「そばにいられると迷惑だ」と断られても
身振り手振りで必死に、違うと
そんなことはないと訴えるのです
さらにおきくは味噌おむすびを握り
(便と味噌をかけたユーモアなのでしょうか 苦笑)
中次に差し入れすることにします
しかし途中で大八車(大型のリヤカー)とぶつかり転んでしまい
おむすびを轢き潰されてしまいます
それでもめげず(笑)中次の住んでいる長屋に向かう
雪がちらつく寒空の下、中次を待つおきく
やっと帰ってきた中次に、何が起こったか伝え(可愛い)
ぺしゃんこになったおにぎりを見せます
中次はおきくのほっぺについていた米粒を見つけると取って食べ
自分も身振り手振りで気持ちを伝えることにします
空を仰ぎ腕を回し、胸と地面を繰り返し叩く
おきくさんが、せかいで一番好きなんだと
(寛一郎さん、演技下手だなあ 笑)
そうして潰れたおにぎりを貪り
「おきくさんは武家の人で、おらはこんな身分だ」
「だけど、いつか読み書きを教えてほしい」と頼むのです
(喋れないおきくのために、読み書きを覚えたい)
おきくは何度も大きく頷くと、中次を抱きしめるのでした
といっても、中次が長屋に住んでいることから
(孫七も中次を「庶民」と呼んでいた)
汲み取り屋が世間から差別され馬鹿にされていたとしても
「えたひにん」とは違うのでしょう
実際、昭和40年代まで人間の糞尿は堆肥として使われ
東京にも肥溜めが残っていたそうです
公的なインフラとして稼げる商売だったのかも知れません
やがておきくが教える寺子屋に、中次の姿
この日、おきくが選んだお題は「せかい」という文字でした
和尚の「東に行けば、いつしか西から出てくる」という説明に
子どもたちは「???」(笑)
そして毎早朝、父親の習慣を見習い四方に手を叩くおきく
でも彼女が耳を澄ませているのはいつも、中次の足音でした
ラストの3人での散歩は蛇足でしたね(笑)
どうしてもこのシーンが必要があるのであれば
ここは魚眼レンズではなく
3人を捉えたカメラが左から右へゆっくり消えていき、やがて左から現れる
和尚の言う「せかい」を表現したほうが、もっと素敵になった気がします
【解説】映画.COMより
「北のカナリアたち」「冬薔薇(ふゆそうび)」などの阪本順治監督が、黒木華を主演に迎えて送る青春時代劇。
江戸時代末期、厳しい現実にくじけそうになりながらも心を通わせることを諦めない若者たちの姿を、墨絵のように美しいモノクロ映像で描き出す。武家育ちである22歳のおきくは、現在は寺子屋で子どもたちに読み書きを教えながら、父と2人で貧乏長屋に暮らしていた。ある雨の日、彼女は厠のひさしの下で雨宿りをしていた紙屑拾いの中次と下肥買いの矢亮と出会う。つらい人生を懸命に生きる3人は次第に心を通わせていくが、おきくはある悲惨な事件に巻き込まれ、喉を切られて声を失ってしまう。
中次を寛一郎、矢亮を池松壮亮が演じ、佐藤浩市、眞木蔵人、石橋蓮司が共演。
2023年製作/89分/G/日本
配給:東京テアトル、U-NEXT、リトルモア