雨(1932)

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原題も「RAIN

淀川長治の世界クラシック名画100

 

ジョーン・クロフォード演じるファムファタールもの

「グランド・ホテル」(1932)グレタ・ガルボと大喧嘩したクロフォードが

「立派な役をやりたい」と泣きながらプロデューサーに懇願し

主演が叶ったということ

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降り出した雨が砂浜や草木に打ちつける

陰鬱な画面に素っ気のないオープニングタイトル

ブレスレットを鳴らし、女狐の如く現れるクロフォード

クロフォードが登場するシーンはいつもドラマチック

30年代映画独特の何ともいえない雰囲気が堪らない

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サモアアピアに向かう船の船上で、コレラ流行の可能性があり

乗客たちは南海パゴパゴ島で足止めを食らってしまい

島にあるただ1軒の宿に宿泊することになります

 

(娼婦と思われる)クロフォードは、明るくて美人

当然のように男にモテます

宿では島に駐留するアメリ海兵隊とレコードをかけダンスを踊ったり

酒を飲みながら出航を待つことにしました

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すぐにそれを不快に感じ、耐えられなくなったのは宣教師の妻でした

宣教師の妻は夫にクロフォードをどうにかして欲しいと懇願します

独善的な宣教師はクロフォードを脅し

知事に依頼して彼女をサモアアピアではなく

サンフランシスコに強制送還する手続きをします

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しかしクロフォードにはサンフランシスコに帰れない理由がありました

もし帰国したら不特定の罪で3年の禁固刑が待っていたのです

 

キリスト教信者の傲慢さや残酷性を

ここまで辛辣に描いている作品は珍しい

 

宣教師夫妻の価値観にしてみると

娼婦とは堕落しきった軽蔑すべき女性のすること

罪人であり罰を受けることが当然だと思っているのです

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でも私たちにはクロフォードのほうが人間らしく見え

彼女を助けようと結婚を申し込む軍曹のほうが

宣教師よりもずっと救いの心を持っているように思えます

誰にでも幸せになる権利はあるはずです

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しかし宣教師との激しい議論の末

突然クロフォードは宗教的改宗を経験し

サンフランシスコ行きも、懲役刑も受け入れる決心をします


売女が改心したら、いきなり迷える子羊(笑)

すべて自分のいいなりになる、けなげな超絶美女

やがて宣教師は抑えきれない欲情に耐えきれなくなり

狂い死にしてしまうのです

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宣教師の自殺を(事件性ありありだけど 笑)

自分に対する偽善と裏切りだと思ったのか

結局は宣教師も他の男たちと同じ欲望の塊と悟ったのか


翌朝、クロフォードの部屋の蓄音機から流れ出す音楽

マニキュアを塗った爪、幾重にもブレスレットがはめられた腕

網タイツ、ハイヒール・・再び女狐に戻った彼女は

お人好しの軍曹に、まだシドニーに行く気があるかどうかを確認します

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マタイによる福音書には

「敵を愛し続け、邪悪な者のために祈り続けなさい」という

言葉の例証として「雨」が挙げられているそうです

 

 

【解説】allcinema より

 南海に降る雨をモノクロで可能な限り動的に表現するサイレント・タッチの映像にまずは息をのむ。その雨は人間の欲望を洗い流す。あるいは逆に、それに駆られる心の揺れそのものの象徴でもある。主人公サディ・トンプスンは同船した一行と共に、嵐を避け孤島の旅篭(はたご)に宿を定める。サディの部屋から流れる“セントルイス・ブルース”。彼女を忌み嫌う偽善的な牧師の妻に、信仰の力で改心させてみせると豪語する夫。彼女の職業は伏せられているが、そこに近づく男の目付きでそれと知れる。一度は更生を牧師に誓い、神の名を唱える彼女。繰り返し聞こえていたレコードの音は止んでいる。しかし、嵐の到来と共に牧師の胸はざわついて、背徳への衝動にのまれてゆく……。初期のキャリアの頂点に達したクロフォードとヒューストンの演技のぶつかり合いが凄い。嵐の醸す停滞的な雰囲気をつぶさに伝えるマイルストンの演出も偉大だ。