生きる(1952)

先日、健康診断でひっかかりまして
精密検査の結果、悪性ではないということがわかり
ほっとしたのですが

「いつ死んでもいい」と日頃から思っている私でも
がんの可能性があるかもしれないと知らされたときは
自分にも生きる欲があることにびっくりしました

下の子が中学を卒業するまでは
できれば高校を卒業するまでは
死ねないとそう思ったのです

今では早期発見なら、がんイコール死ぬという病気ではないでしょう
それでも、急に入院した場合家族が困らないよう
給料振り込み口座以外からの口座支払いはこの先1年余分は入金を済ませ
誰が見てもすぐわかるように書類等の整理(泥棒に見られたらマズイけど)
冷蔵庫の中の賞味期限間近の調味料から、不用品の処分まで
できるだけの身辺整理したのです

な、余談な近況報告なのですが(笑)
「もし、がんになったら」という体験を、私も少しの間だけしたのです


役場で市民課長として勤務する主人公は末期の胃がん
しかし、当時の医療現場では本人に告知しないのはともかく
治療もしない時代だったのでしょうか、軽い胃潰瘍とだけ診断されます
ただ待合室の世間話で、自分は確実にがんだと知ってしまう

職場では書類にハンコを捺すだけの仕事
妻には先立たれ、ひとり息子は成長し結婚
なんの生きがいもない、趣味もない、ひとりぽっち

そんな男性が死を宣告されたなら、やはり誰でも酒を飲み
歓楽街に行き、若い女と遊ぶのではないかと思います
美味しいものも食べたい、行ったことのない場所にも行きたい
それに付き合ってくれる女性がいるならなおいい

しかし、ちょっとストーカー気味になってきた課長に
ボソボソと何を言っているかわからない、はっきりしない態度に
ヒロインの小田切みきちゃんはだんだんとイラつき、ついにキレます
いや、この男は誰もをイラつかせるタイプなのです





「ねえ、課長さんもなにかつくってみたら?」

「もうおそい・・・・」(はっ!と何かに気づく)


葬式の場で語られる、それからの市民課長の役場での行動
泣きながらお参りする婦人会の女性たち

でも一番感動的だったのは、その様子をただ黙って見ている息子の姿でした
彼の心の中は後悔でいっぱいだったのでしょう
あんなに愛してくれていた父親に、男手ひとつで育ててくれた父親に
なんて冷たい態度をとっていたのだろうかと

こうして息子にわかってもらえたことだけで
私は主人公は幸福だと思います


今日もどこかにこういうサラリーマンはいるのでしょう
上司からは馬鹿にされ、部下からは軽蔑され、パートからまで叱られる
家に帰っても、居場所もない
それでも家族のために、休むことなく働いているのです

そんな真面目だけれど、不器用な人間に贈る
不器用だった黒澤監督からの応援歌なのかもしれません


「いや、おそくはない
 やればできる ただやる気になれば
 わしにもなにかができる」






「ゴンドラの唄」

1915年(大正4年)に発表された歌謡曲
作詞:吉井勇 作曲:中山晋平


いのち短し 恋せよ乙女
あかき唇 あせぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを

いのち短し 恋せよ乙女
いざ手をとりて かの舟に
いざ燃ゆる頬を 君が頬に
ここには誰れも 来ぬものを

いのち短し 恋せよ乙女
波にただよう 舟のよに
君が柔わ手を 我が肩に
ここには人目も 無いものを

いのち短し 恋せよ乙女
黒髪の色 褪せぬ間に
心のほのお 消えぬ間に
今日はふたたび 来ぬものを



【解説】allcinemaより
癌で余命幾ばくもないと知った初老の男性が、これまでの無意味な人生を悔い、最後に市民のための小公園を建設しようと奔走する姿を描いた黒澤明監督によるヒューマンドラマの傑作。市役所の市民課長・渡辺勘治は30年間無欠勤のまじめな男。ある日、渡辺は自分が胃癌であることを知る。命が残り少ないと悟ったとき、渡辺はこれまでの事なかれ主義的生き方に疑問を抱く。そして、初めて真剣に申請書類に目を通す。そこで彼の目に留まったのが市民から出されていた下水溜まりの埋め立てと小公園建設に関する陳情書だった……。責任を回避し、事なかれを良しとする官僚主義への批判や人生の価値に対する哲学がストレートに表現されてはいるが、志村喬の鬼気迫る迫真の演技が作品にみごとな説得力を与えている。