生きる LIVING(2022)

「生きることなく人生を終えたくない」

原題も「Living」(生きる)

黒澤明の「生きる」(1952)のリメイク

監督は南アフリカ出身のオリヴァー・ハーマナスで本作が初のイギリス映画

脚本はノーベル賞作家カズオ・イシグロ

 

プロットはほぼ同じですが

セリフ、演出、登場人物のクドさを削ぎ落とし

103分とコンパクトにまとめています

黒澤ファンにしたら、物足りなく感じるかも知れません(笑)

だけどカズオ・イシグロは誰よりも「生きる」を研究している作家

あの「日の名残り」も「生きる」にインスパイアされたもの

長年仕えていた主人が亡くなった後

執事が「あのとき、こうしておけばよかった」と後悔するのは

「生きる」の逆バージョンなのです

さらにビル・ナイが選ばれた理由が「笠智衆に似ているから」

つまり黒澤、橋本忍、小國秀雄の原作で

小津のような映画を撮りたい、という試み

まさかそれを英国にやられてしまうとは

映画でも日本は敗戦国

黒澤版は、毎日役所でハンコを推すだけの志村喬が

レントゲン写真を見せられ余命半年を受け大ショック

「あ、あっ、あああ、・・」「わ、わ、わた、わた・・」を繰り返しながら(笑)

酒を飲みに行き、パチンコ、お姉さんのいるダンスホールに行く

やがて元部下の若い女性でおもちゃ工場に勤める小田切みきをプチストーカー

田切から「あなたも何か作ったら!」とキレられ公園開発を思いつく

とてもわかりやすい(笑)

一方イシグロ版は1953年のロンドンを舞台に

初出勤のピーターのジョークを先輩たちが軽く睨みつける

間を置いてから、若い職員が「しきたりなんだ」と教えてくれる

年配の職員が課長のMr.ウィリアムズはもっと手強いぞと言います

 

英国紳士の身だしなみである、帽子をかぶり隙の無いスーツ姿

きっちりと巻いた傘(雨が降っても決してささないらしい 笑)

余計な言葉は一切交わさない

真面目で退屈で窮屈な上司、それは家族に対しても同じでした

そのMr.ウィリアムズが理由も告げず早退、さらに翌日から無断欠勤

ウィリアムズはひとり海辺のリゾートに居ました

ダイナーで不眠症だと語る若い作家の男と知り合うと

余命いくばくもないこと、だけど何をしたらいいかわからいと語ります

夜のカーニバルにウィリアムズを連れて行き酒を飲ませる作家

でも酔って血を吐いてしまったウィリアムズを見て

余命を全うするとは、こういうことでないことに気付きます

ロンドンに戻ったウィリアムズは、偶然部下のマーガレット・ハリスに会います

マーガレットは新しい就職先が決まり上司の推薦状が必要だと伝えると

ウィリアムズは快諾し、書類を書くため彼女を高級レストランに誘います

そこで自分が「ゾンビ」とあだ名されていたことに苦笑いする

マーガレットにパフェを奢り、その日1日楽しく過ごしました

(あっという間に近所の噂になる)

 

さらに数週間後、マーガレットの働くカフェにやって来て

仕事が終わったら映画を見に行こうと誘います

渋るマーガレットに「ゲイリー・クーパー」の映画だよと(笑)

ウィリアムズに下心がないことはわかってる

でも周囲の人間からは「老いらくの恋」と見られている心配します

ウィリアムズの、公園で遊んでいる子ども

が迎えに来ると、りたくないと駄々をこねるたとえ話が印象的

 

自分が末期がんであること

愛する息子(薄情)に打ち明けることが出来ないこと

マーガレットに生命力を感じ、どうしたらそうなれるのか考えたことを話します

マーガレットは涙ぐみ、どうして役所に戻って仕事をしないのか

ゾンビのような課長は嫌いだと言います

 

そのときウィリアムズがひとつの案件を思い出しました

自分の子どもは、もう結婚もして自立している

だけど地域の子どもたちには、何か残せるのではないか

翌日、大雨の中出勤したMr.ウィリアムズは公園整備の陳情書を探し

地域の婦人たちが児童公園を作って欲しいという現場へ向かうのでした

後半は若者へのメッセージ性が強くなってると思います

自分のようなゾンビにはなってほしくない

古いしきたりに負けず、心を強くもって生きて欲しい

 

ウィリアムズのお葬式の日

市民課の部下たちが別れを惜しんでいると、ジェームズ卿がやってきて

「公園を作ったのがウィリアムズひとりだと勘違いされている」

これは市役所のみんなでやったことで「結果的には、公園課の働き」だと

自分と公園課の手柄にしてしまいます

その時ピーターがマーガレットを見つけると

ウィリアムズの息子マイケルから

遺品から出てきたというピーター宛の手紙を渡され

マイケルはマーガレットとふたりきりで話したいと

マーガレットに父の病気を知っていたか尋ねます

マイケルは父親が雪の中で倒れていたことにショックを受けていました

病気のことを言ってくれたらあんな死なせ方しなかったのに

話す機会はいくらでもあった、話せなくさせたのは自分のほう

ちゃんと話さなかったことを後悔する

帰路の汽車では、市民課の職員たちが

ウィリアムズの功績を思い出していました

たらい回し、陳情書は保留、いわゆる「役所仕事」

それを自ら各部署を回り、決済が下りるまで1日中でも待つ

許諾してくれた課では職員ひとりひとりに挨拶する

たとえジェームス卿に却下されても、何度でも食い下がる

自分たちも彼の意思を引継ぎ、市民のためいい仕事をしよう

誓ったのもつかの間、もとの怠慢な仕事ぶりに戻っていました

ピーターがウィリアムズから受け取った手紙を読み

仕事帰り道児童公園を眺めていると、パトロール中の若い警官に出会います

「Mr.ウィリアムズを知ってるか」と聞くと「有名なひとですから」

そして最後の日の彼を見たことを話してくれます

雪の中、揺れるブランコで「ナナカマドの木」を歌っていたこと

その姿があまりに幸せそうで、帰るよう声を駆けなかったこと

遺体で発見されたことを後悔していたのです

「声をかけなくて正解だった」

ピーターは警官の肩を叩くのでした

 

春になり、マーガレットと付き合い始めたピーター

ウィリアムズように、たとえ大きな仕事でなくても

子どもたちのため、将来のため、仕事をしてくれる予感で終わります

黒澤版は味にパワーもボリュームもパンチもある、人気の行列店二郎系

イシグロ版はシンプルで腹八分目だけど、何度食べても飽きない老舗の名店

例えがラーメンで申し訳ないんですけど(笑)

 

しばらくしたらもう一度見たくなる

そんな映画ではありました

 

 

【解説】映画.COMより

黒澤明監督の名作映画「生きる」を、ノーベル賞作家カズオ・イシグロの脚本によりイギリスでリメイクしたヒューマンドラマ。
1953年、第2次世界大戦後のロンドン。仕事一筋に生きてきた公務員ウィリアムズは、自分の人生を空虚で無意味なものと感じていた。そんなある日、彼はガンに冒されていることがわかり、医師から余命半年と宣告される。手遅れになる前に充実した人生を手に入れたいと考えたウィリアムズは、仕事を放棄し、海辺のリゾート地で酒を飲んで馬鹿騒ぎするも満たされない。ロンドンへ戻った彼はかつての部下マーガレットと再会し、バイタリティに溢れる彼女と過ごす中で、自分も新しい一歩を踏み出すことを決意する。
ラブ・アクチュアリー」などの名優ビル・ナイが主演を務め、ドラマ「セックス・エデュケーション」のエイミー・ルー・ウッドがマーガレットを演じる。

2022年製作/103分/G/イギリス
原題:Living
配給:東宝