彼岸花(1958)

 
 
「親は、子供が幸せになったらそれでいいのよ」
 
 
こんな父親いやだ(笑)
こんな夫だったらもっといやだ(笑)
 
戦争から復興し近代化も進んでいる最中なのでしょう
思想は自由になり多様化、女性も働き
見合いよりも恋愛結婚を望むようになってきています
 
自分たちの時代と違いなんて羨ましい
そうは思っているけれど
自分の娘がどこの誰ともわからない男と付き合うなんて許せない
まして結婚で遠くに行ってしまうなんて断固として反対
 
煮ても焼いても食えない
そんな頑固親父
 
でも昔の女房はそんな旦那を
子供なのね、素直じゃないわね、と心の中で思い
はいはいと言うことを聞いていたのでしょう
大女優、田中絹代さんが好演
 
それから祇園の女将の娘の山本富士子さんと
下の娘の桑野みゆきさんがよかった
快活で言いたいことも隠さず言うのだけど
とにかくチャーミングなのです
頑固親父にも決して屈することはない(笑)
 
許してやりたいけれど許せない
言ったことを引っ込めれない
謝るなんて絶対できない
そしてだんだんと孤独になっていく父親
 
だけど同窓生たちだけは
そんな自分をわかってくれます
寂しい男の気持ち
 
笠智衆さんの歌う詩吟には
どんな意味がこめられているのだろう
 
でも、結婚は終わりではなく始まり
最後にはお父さん、折れてよかったですね
 

 
【解説】ウィキペディアより
太平洋戦争後、鎌倉に暮らし、作家の里見と親しくしていた小津が、里見の原作をもとに野田高梧と共同でシナリオ化した作品であり、2年後の『秋日和』もこの方式で作られることになる。松竹の監督だった小津がライバル会社大映のスター女優・山本富士子を招いて撮った作品であり、そのお返しとして翌年、小津は大映で『浮草』を監督することになる。山本以外にも有馬稲子久我美子という当時の人気女優たちが競演して小津初のカラー作品を華やかなものにしている。
初めてのカラーとなった本作を製作するにあたり、小津は西ドイツ(現ドイツ)のアグフア(現在のアグフア・ゲバルト)社のカラーフィルムを選んだ。当時の映画用カラーフィルムは実質的な選択肢として、アメリカのコダック、西ドイツのアグフア、日本の富士フイルムの3つがあったが、その中で小津がアグフアを選んだ理由は赤の発色の良さであり、かねてから小津のためのカラーフィルム選定をしていたカメラマンの厚田雄春がドイツ映画『枯葉』(監督ヴォルフガング・シュタウテ、1957年)を見てアグフアカラーの色の良さを気に入り、小津も同感して決めた。作品中でも小道具としてさりげなく赤いやかんが用いられている。また、料亭の場面などで使われた器や茶碗、装飾品類はすべて本物の書画骨董であり、総額は2,000万円にも上った。
佐分利信中村伸郎、北竜二が演じる旧友三人組は『秋日和』でも形を変えて再登場することになる。