晩春(1949)

 
「なぁ、おまえ。こんなこと、もうやめようや」
「いやよ!私。お父さまと、ずっとこうしていたいの」
 
 
晩春、春の終わりのこと
これはヒロインの紀子のたとえなのでしょう
 
現代女性にしてみればなんて失礼な事
でも戦後まもない当時は
27歳にもなったならいい人のところに
嫁にいけるかいけないかの
ギリギリのラインだったのだと思います
 
紀子は戦争で、結核で、婚期を逃したのでしょう
そしてなにより母を亡くした父子家庭
父親の世話をすることが彼女の生きがいであり
一番正しいと思うことであったのです
 
でもその感情は娘という存在を超越して
妻になってしまった・・私はそう思います
 
父と観に行った能の舞台
そこで父の見合い相手を見てしまう
嬉しそうにする父の笑顔に
相手の女性の美しさに、嫉妬
 
原節子さんの喜びの顔が
たちまち憎しみの顔に変わる
その豹変ぶりはまるで鬼のよう
燃える女の情念に恐怖さえ感じます
 
そして、ついに自分も結婚を決意します
相手はきっと素敵な人だったのでしょう
(「打撃王」の)ゲーリー・クーパー似と
いうくらいなのですもの
 
そのときの笠智衆の、一瞬魂の抜けた
死人のような顔もまた恐ろしい
 
でも、今嫁に出すのが娘のため
自分は老い、そして先に死ぬ
そのあとではもう遅いのです
 
父娘以上の、あまりにも深い愛情が怖い
普通に嫁に出す心情ではないのです
引き裂かれる・・
 
ガマ口を拾った時の杉村春子さんがいいですね
警察に届けると言いながら
お巡りさんが来たら大急ぎで先に行ってしまう
昔は財布を拾うことは「縁起がいい」ことだったんだ(笑)
 
式のあと、娘の親友にオチを明かす父親
でも、嘘だったのではなく
このあと本当にあの女性と結ばれればいいと
私は願います
 

 
【解説】allcinemaより
本作以降、小津作品でしばしば登場する、結婚を巡る父と娘の物語をこれが最初となる笠智衆原節子の共演で描く感動作。鎌倉で一人娘の紀子と2人で暮らす大学教授の曽宮周吉。妻を早くに亡くしたこともあり、紀子は27歳になる今でも父を置いてよそへ嫁ごうとはしなかった。周吉の実妹・田口まさは、そんな2人が気が気でなく、何かと世話を焼いていた。いつまでも渋る紀子を結婚させるため、周吉はついにある決断をするのだった…。出演者それぞれに持ち味を遺憾なく発揮しているが、中でも杉村春子のコミカルな演技が目を見張る。