「どうして俺はリベラーチェの性的指向にこだわっていたんだろうな」
原題も「LUCKY」
監督は無名だし、90歳の爺が主演、期待しないで鑑賞しましたが
意外にも玄人向けの素晴らしい出来で(笑)
2017年9月に91歳で亡くなった名脇役ハリー・ディーン・スタントンに
相応な遺作だと思います
ハリー・ディーン演じるラッキーはアメリカン・ニューシネマの時代を
そのまま生きているような男で、いわゆるタフガイとは違う
実際数々のアメリカン・ニューシネマの名作のオマージュがあると言われ
ハーモニカで「レッド・リヴァー・ヴァレー」を吹くのは「怒りの葡萄」(1940)
黒人のウェイトレスに「僕は怖いんだ(I'm scared)」と告白するのは
「真夜中のカーボーイ」(1969)のラストでのダスティン・ホフマンのセリフ
メキシコ人たちと白人が一緒に歌うシーンは「ワイルドバンチ」(1969)
”ツウ”な方には絶対見てほしい
ハリー・ディーンは歌もうまいんですね
「暴力脱獄」(1967)で、ポール・ニューマンに歌の指導をしたのも
ハリー・ディーンだったそうです
(ポールと一緒に刑務所に放り込まれる囚人を演じています)
「死」を「無」と語る思想には小津安二郎を思い出しました
(鎌倉にある小津の墓に刻まれているのが、ただ一文字”無”)
【ここからネタバレあらすじ】
アリゾナの砂漠地帯にある田舎町で
90歳を迎えるラッキーはひとり暮らし、妻も子もいません
朝、目を覚ますと歯磨きに洗顔、身体を拭いて髪を整えます
ミルクを飲み、コーヒーを沸かし、ヨガを5ポーズこなしたら
テンガロンハットをかぶってダイナーに向かう
オーナーのジョーと「You’re nothing!」(くそったれ)と挨拶をかわし
ウェイトレスのロレッタが用意したミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを飲み
クロスワードパズルや常連客と世間話をします
帰り道は「イブの楽園」(風俗店)の前で「Cunts!」(お〇〇こ!)と叫び(笑)
それからメキシコ系のビビが営むコンビニで牛乳やタバコを買うのが日課
ビビは土曜日に息子の10歳の誕生日パーティーがあると
ラッキーを招きますが、ラッキーは答えれずいました
家ではテレビのクイズ番組を観ながら、またクロスワードパズル
わからない言葉は友達に電話して尋ねたり、辞書で調べます
あとはただただテレビの出演者を罵る(笑)
夜は「エレインの店」にセロリ入りの”ブラッディ・マリー”を飲むため出かけます
店にはエレインと長年一緒に暮らしている恋人(ヒモ)のポーリーもいます
彼はエレインとの出会いがいか人生を変えたかたを常連客に語る山師
ラッキーは(クイズ番組で知った)「現実主義はモノ」と言うと
客たちもそれぞれの持論を持ち出し、「お前の現実と俺の現実は違う」反論
翌朝、ラッキーはいつものようにコーヒーを淹れていると
コーヒーメーカーのデジタル時計の光が点滅し、倒れてしまいます
病院に行くと加齢だと説明され、ヘルパーを雇うことを勧められますが頑なに拒否
それ以来ラッキーのルーティンが狂い始めます
ダイナーへ行くと、お気に入りの席が空いていない
ラッキーが「倒れた」と知ると、店内にいた全員が心配そうな顔を向けます
ラッキーは突然死を意識し始めるようになり
子どもの頃暗闇が怖かったこと、イタズラでマネシツグミを撃たことを思い出し
友人に電話をかけて話します(クロスワードの友人か)
ペットショップで爬虫類の餌として売られているコオロギを買い占め庭に逃す
「エレインの店」に行くと友人のハワード(デヴィッド・リンチ)が
弁護士のロビーと話し合っていました
独り身のハワードは全財産を、行方不明になったペットのリクガメ
“ルーズベルト”に相続しようと考えていたのです
弁護士はラッキーにも孤独ではないかと尋ねます
しかし「孤独と一人暮らしは違う、人はみな生まれるときも死ぬときもひとり」
「独り(alone)の語源は1人(all one)だ」と
弁護士をカメに遺産相続をさせる詐欺だと罵り 「表に出ろ」と宣戦布告
外に出ると、喧嘩を止めに入ったポーリーに連れて行かれ
やがて路地裏から赤い光が見え、音楽に「EXIT」の扉
さらに先へ進もうとすると、夢から目が覚めます
(どこまで現実で、どこから夢かはわかりません)
ラッキーがサボテンに水をやっていると、心配したロレッタが訪ねてきました
最初はそっけなく対応しますが、家で一緒にテレビを観ることになり
ラッキーはリベラーチェの超絶テクニックを観ながら
何故彼がゲイであるかどうかにこだわっていたのだろうと呟きます
そして帰ろうとするロレッタに「怖いんだ」とはじめて秘密を打ち明けます
ロレッタは「わかってる」と何度も言って家を出て行きました
その後、ラッキーはダイナーで旧友のボビー(ロン・リビングストン)と再会します
雑談しようとするボビーに、「つまらん雑談よりも気まずい沈黙の方がマシ」と
言い切るラッキーでしたが
車に娘を乗せているときに交通事故に遭いそうになり、死の恐怖に直面
予測できない将来に備え「家族に迷惑をかけたくない」ため終活中だと言います
ラッキーは「(いくら終活をしても)君は死んだままじゃないか」と言葉をかけ
何かを分かち合った2人はコーヒーで乾杯しました
それから元海兵隊員のフレッド(トム・スケリット)と会った時には
太平洋戦争で沖縄に行ったとき、悲惨な戦場で出会った
日本人少女の美しい笑顔が忘れられないという話を聞きます
「ラッキー」という呼び名が、戦中海軍のコックとして乗艦していたことが
”ラッキー”だからついたということがここでわかります
ラッキーはビビの息子の誕生パーティーに、結局参加することにしました
親戚やマリアッチ(メキシコ音楽を演奏する楽団)が集まっており
ビビの母親を紹介されて、片言のスペイン語で挨拶
カラフルなケーキが登場して、息子がロウソクを吹き消し
ビビや周囲の大人たちが祝福する様子を見ていたラッキーは
突然立ち上がり、「ボルベール、ボルベール」を披露します
マリアッチはラッキーに合わせ演奏を始め、子どもから大人たちまで一緒に口ずさむ
歌が終わるとラッキーは大喝采を受けました
ラッキーがいつものように「エレインの店」で飲んでいると
ハワードが現れ、リクガメを探すのはやめたと言います
ルーズベルトはどうやって脱出するかずっと考えていたはず
縁があればまた会えるさと明るく振舞っていました
そこでラッキーがタバコに火をつけようとするとエレインが
ラッキーが禁煙を破ったせいで出入り禁止になった
「イブの楽園」を引き合いに出して怒ってきました
ラッキーは「俺は真実にこだわる」
「いつか人間もタバコも何もかも真っ暗な空へ行き、無だけになるのさ」と語り
「そこには何もない。それを知った時どうする」という客の問いに
「微笑むのさ」と答えるのです
ラッキーはいつものようにタバコをふかしながら砂漠の道を歩いていると
行方不明になっていたルーズベルトがひょっこり姿を現しました
【ネタバレあらすじ終了】
ラッキーの唱える「死」が「無」ということとは
「死」が「無意味」ということではなく
「無」だからこそ重大な意味があると思います
すなわちラッキーの生きる力は、無駄な反抗からくるもので(笑)
終活に反抗、禁煙に反抗
そして(キリスト教的)死後の世界に対する反抗ではないでしょうか
それでもこの偏屈な時代遅れの爺に、町の人々はやさしい
黒人に、メキシカンに、高齢者
(ラッキーはゲイだったかも知れない=電話の相手)
ここはマイノリティの人々が助け合いながら住む理想の町
映画愛と、俳優ハリー・ディーンへの愛が伝わる傑作
豊かでなくてもいい、こんな町に住みたいと誰でも思うでしょう
【解説】allcinemaより
2017年9月に他界した「パリ、テキサス」などの名優ハリー・ディーン・スタントンの最後の主演作となる人生ドラマ。スタントン自身を思わせる一匹狼の偏屈老人が、風変わりな町の人々ととりとめのない日々を過ごしながらも、静かに死と向き合っていく姿をユーモアを織り交ぜしみじみとしたタッチで綴る。共演は映画監督のデヴィッド・リンチ、ロン・リヴィングストン、エド・ベグリー・Jr。監督は俳優で本作が監督デビューとなるジョン・キャロル・リンチ。
神など信じない現実主義者のラッキー。90歳の彼はアパートにひとり暮らし。目覚めるとまずタバコを吸い、身なりを整えたら行きつけのダイナーに寄って、店主と無駄話をしながらクロスワード・パズルを解く。そんな一つひとつの日課を律儀に守り通して日々を過ごしてきたラッキー。しかしある朝、突然倒れたことをきっかけに、自らの人生の終わりを意識し始めるのだったが…。