ケイコ 目を澄ませて(2022)

2022度

キネマ旬報ベスト・テン日本映画第一位

主演女優賞(岸井ゆきの助演男優賞三浦友和

読者選出日本映画監督賞(三宅唱

高崎映画祭最優秀作品賞最優秀俳優賞(岸井ゆきの

毎日映画コンクール日本映画大賞

女優主演賞(岸井ゆきの監督賞(三宅唱

撮影賞(月永雄太)録音賞(川井崇満)

日本アカデミー賞最優秀主演女優賞(岸井ゆきの

このような派手さの一切ない硬派な人間ドラマが

日本映画界の賞レースで認められるようになったのは

喜ばしいことですね

 

英題は「small slow but steady」(小さくて、遅いが、着実に)

海外のトップ評論家からの評価も高く

辛口のIMDbでも★7、Rotten Tomatoesにおいてはなんと100%

ツウ好みの作りになっていると思います

ヒロインは先天性の聴覚障害を持ちながらデビュー戦で勝利を収めた

東京都荒川区のボクシングジムに通うプロボクサーのケイコ(岸井ゆきの

 

といっても、伝統的なスポーツ映画

障害者映画にあるような比喩は徹底的に避け

さらにパンデミックによる自粛や、無イベントに無観客

後継者もなく閉鎖に追い込まれるジム

ほんの少し前の事なのに、まるで遠い昔の出来事のよう

16mmフィルムの固定カメラが

ドキュメンタリー風に映し出していきます

 

見どころは試合のシーンではなく、むしろ練習風景

トレーナーの松本(松浦慎一郎)がホワイトボードに指示を書き

ミット打ちのトレーニン

BGMはありません

縄跳びが床を打つ音、ミット打ちの音、筋トレ用の器具の金属音

ケイコには聞こえなくても、周りはこんなにも音で溢れている

親元から離れアパートで弟とふたり暮らし

弟(佐藤緋美の彼女(音楽活動をしているようだ)

花が来ていて挨拶しても気付かない

 

コンビニのポイントカードや、警察の職務質問もですけど

聞こえないあるあるですね(笑)

第2戦目も判定勝ちで勝利したケイコ

カメラマンに「笑って」と言われますが無表情

応援に来た母からは、いつまで続けるの

「もうやめてもいいんじゃない?」と言われ

記者からのインタビューで「(ケイコに)才能はあるか」の質問で

ジムの会長(三浦友和)が「才能はない」

「背が低い、リーチ(パンチの射程距離)が短い、スピードがない」

耳が聞こえないことに対しても

ゴングも、レフェリーの声も、セコンドの声も聞こえず不利だと

でも「ケイコは目がいい」と答えます

(対戦相手が病院に運ばれた)ネットのニュースで

そのことを知ったケイコは、「しばらくお休みます」とノートに書き

会長宅のポストに入れようとしますが、結局出来ませんでした

 

浅草での女子会のシーンを入れたのは成功ですね

聾学校時代の友人だろう)ランチしながら女子バナ

字幕はないのですけど、たぶん結婚や恋愛について話していて

手相を見てどれどれ・・という会話だと思います

もうひとつ、ホテルの清掃員としての働きぶり

仕事をテキパキとこなし(会話がないから黙々と仕事するしかない 笑)

先輩や後輩から頼られていることがわかります

ろう者だから、ボクサーだからといって

普段の生活はごくごく普通の女の子

会長の健康診断健の結果が思わしくなく

やがてジムが閉鎖されることが発表されます

ケイコの受け入れ先を探すトレーナーの林(三浦誠己)

会長が頼み込み、新しくて近代的な設備で

障害に理解を示そうとする親切なオーナーのジムが見つかったものの

ケイコは家が遠いからという理由で断ってしまいます

 

戸惑う林(作業服なので仕事を抜け出してきたのだろう)

ケイコの態度に怒って帰ってしまう松本

会長に新たな脳梗塞が見つかり入院

第三戦を控えたケイコとスパーリングしていた松本が

突然嗚咽を堪えきれず泣いてしまいます

思わず笑ってしまうケイコ

苦しくて、孤独で、何かに怒りをぶつけたくて

辛いのは自分だけじゃなかった

松本も同じだったのです

社会の成功者になれない

ボクシングでチャンピオンにもなれない

それでも耐えて頑張って来た

そのジムがなくなってしまう

 

涙を拭き、再びスパークリングを始める松本

ケイコのステップにあわせて、ステップの練習をはじめる林と練習生

ボクサー同士の気持ちが繋る、いいシーン

会長のお見舞いに行ったケイコがノートにイラストを書いていると

奥さん(仙道敦子)が見せてもらっていい?とノートを読みます

この仙道敦子さんの朗読がまた素晴らしい

 

ロード、10キロ
シャドー、3ラウンド
サンドバッグ、3ラウンド
ロープ、2ラウンド

毎日同じ繰り返し

でもちょっとづつ毎日違う

 

やがてケイコの3戦目(無観客)

母と花がパソコンで、弟は職場(料理人)の休憩時間にスマホ

会長は病院のテレビで応援していました

いきなり最終ラウンド(笑)

対戦相手に足を踏まれスリップしたケイコは

レフェリーにダウンを取られてしまいます

レフェリーに抗議しますが伝わらず、セコンドの指示も聞こえない

冷静さを失ったケイコはパンチを受け再びダウン

負けてしまいます

試合が終わり、がっくりする会長

しばらく落ち込ちこんだあと「よし!」と気を取り直し

ひとり車椅子で廊下を去っていく・・これもいいシーン

 

ジムから荷物が運び出され

練習場の大きな鏡を磨くケイコ

ケイコと会長、トレーナー、練習生の皆がシャドウした鏡

奥さんの朗読の声は続きます

ロード、10キロ
シャドー、3ラウンド・・・

ジムは閉鎖され、ケイコが荒川の河川敷に座っていると

(近くで工場をしている)作業着を来た女性が走って来て

「ありがとうございました!」と頭を下げていきました

第三戦でケイコに勝った対戦相手でした

(彼女だけがケイコがスリップで転倒したことを知っている)

 

ケイコは会長から貰った赤いキャップをかぶり

(会長のために勝ちたかったんだろうな)

ストレッチすると、土手を駆け登り走り去って行くのでした

決して世の中が変わる訳じゃない

小さな勇気とやる気だけど、確かにもらえました

 

amazonプライムビデオでも、字幕付きが選べるようになったので

(こういうサービスが、劇場で見るより配信のほうが勝っているんだよな)

ろう者の方にもぜひ見ていただいて、感想を教えてほしいです

 

 

【解説】映画.COMより

きみの鳥はうたえる」の三宅唱監督が「愛がなんだ」の岸井ゆきのを主演に迎え、耳が聞こえないボクサーの実話をもとに描いた人間ドラマ。元プロボクサー・小笠原恵子の自伝「負けないで!」を原案に、様々な感情の間で揺れ動きながらもひたむきに生きる主人公と、彼女に寄り添う人々の姿を丁寧に描き出す。
生まれつきの聴覚障害で両耳とも聞こえないケイコは、再開発が進む下町の小さなボクシングジムで鍛錬を重ね、プロボクサーとしてリングに立ち続ける。嘘がつけず愛想笑いも苦手な彼女には悩みが尽きず、言葉にできない思いが心の中に溜まっていく。ジムの会長宛てに休会を願う手紙を綴るも、出すことができない。そんなある日、ケイコはジムが閉鎖されることを知る。
主人公ケイコを見守るジムの会長を三浦友和が演じる。

2022年製作/99分/G/日本
配給:ハピネットファントム・スタジオ