砂の器(1974) デジタルリマスター版





ミステリー映画史上の傑作、脚本家橋本忍氏の代表作
邦画ではマイベストに選ぶムービーファンも多い本作
松本清張氏はこの映画を大変気に入り
原作をしのいでいるという発言までしたとか

fpdさんのブログの邦画ランキングでも2位という評価の高さ
これを見なくては私もムービーファンとは名乗れないでしょう
初見でございます

この映画をレビューするにあたってのポイントは

砂の器」の意味

天才的な音楽家和賀英良(わがえいりょう)
恩人である元巡査部長の三木を殺した動機

和賀英良、本名本浦秀夫が頑なに父である千代吉と会わない理由
という3つにあると思います

そしてハンセン氏病についてや
その患者に対する差別や偏見を知っているかどうかで
感動の違いがあるのではないでしょうか





私のハンセン氏病についての知識は
子どものころ読んだ漫画「ブラックジャック」程度のものしかなくて(笑)

「えらばれたマスク」というその漫画は
BJが幼い頃に女をつくって家族を捨てたお父さんが
マカオで見つけた新妻の顔を治してくれというものでした
しかも世界一の美女にしてくれとまで言うのです





ライ菌に感染したことが原因となる感染症
顔がメチャクチャに腫れ上がってしまう病気

BJの手術によって彼女の顔は美しく生まれ変わりました





そして彼女もその顔をとても気に入ります
しかしその顔は、父親が捨てたBJの母親の顔だったのです





かってハンセン氏病は、「業病」と呼ばれ
伝染性が強く、子孫にまで影響が及ぶだけでなく
前世の犯した罪がまとわりついたと深く信じられていたため
家族から戸籍までも抹消されたそうなのです

患者は強制隔離され、病の原因と治療対策が確立されてからも
患者に対する措置は変わらず、差別は行われていたというのです

物語はそんなハンセン氏病を基に、父子の無情を描いた悲劇
そして時間軸をも行き来するロードムービーでした


東京蒲田駅で男性が殺害されるという事件がおきます
被害者とその連れの目撃者の評言では
ズーズー弁で”カメダ”」という言葉を発していたといいます

今西刑事(丹波哲郎)は若手刑事の吉村森田健作)とともに
秋田県の「羽後亀田」駅に行くことにします

そして今西刑事は山陰、近畿と日本各地を巡り
ついに島根県亀嵩という駅の存在を知り
本浦秀夫という男にたどり着くのです

彼は少年時代、父親である千代吉加藤嘉ハンセン氏病になったため
母に捨てられ、村を追われ、父と巡礼(お遍路)しながら
放浪の旅を続けていました





そんなとき助けてくれたのが三木(緒形拳)だったのです
父を入院させ、秀夫を愛情もって養子にします
しかし秀夫はそこから逃げ出し
18になったとき空襲による戸籍の焼失を利用して
和賀英良(加藤剛)という戸籍を作成します





正直冗長で退屈な場面が多く、説明的すぎるテロップも無駄
車窓から(男の為に尽くす情婦が)花吹雪の新聞のコラムに着目するとか
事件解決への糸口も「偶然」すぎで、かなりのご都合主義


だけれど、後半の種明かしからはかなりいい
それは、加藤嘉さんが素晴らしいからだと断言できます

美しくも厳しい、日本の四季の風景のなか
言葉は殆どなくても、辛い旅の中で息子をどれだけ愛しく想っているかが
切ないほど伝わってくるのです






そして終盤、かけがえのない息子が
何かの容疑者かも知れないと察したのか
今西刑事から写真を見せられても
「おら、こんな人知らねえ」と泣きながら叫ぶシーン

会いたくて、会いたくて、会いたくてしょうがないのに
偏見差別され、乞食生活を強いられ
それでも唯一の慰めであり、生きてこれたのは息子のおかげ
そんな思いがひしひしと伝わります

一方の秀夫はBGMでもある「宿命」同様
自らの宿命を変えようと、死に物狂いで努力したのでしょう

ハンセン氏病患者の息子ではない
田舎の警察官の養子でもない
もっと大きな人間になって、成功して、金持ちになって
自分を見下した人間を見返してやりたい





人々からは人気でサインを求められ
高級車に乗り、金持ちの恋人
そして世界的な音楽家として、名声を得ることができた

そこに現れた、自分が抹消した過去を知る三木
だけど、こんなにいい人を殺してしまうなんて


そんな秀夫に用意された殺人容疑の逮捕状
これは不運なのでしょうか

私は違うと思いました

これは秀夫が本当の自分に戻れるとき
偽物の自分を捨てて、やっと父親に会いに行けるのです
本物の愛は、いつまでも待てるものなのだから


サスペンスとしての盛り上がりはいまひとつでしたが
父子のお遍路さんのシーンにはとにかく感動

そしてなんの罪がないのにもかかわらず
当時のハンセン氏病と戦った方々には
深い敬意を示したいと思います


現在の日本ではハンセン氏病患者の発症率は皆無ということ
ある意味これは、早すぎたマイノリティ映画の傑作に違いないでしょう






【解説】allcinemaより

松本清張の同名小説を、野村芳太郎監督、橋本忍山田洋次脚本で映画化した社会派サスペンス。迷官入りと思われた殺人事件を捜査する二人の刑事の執念と、暗い過去を背負うがために殺人を犯してしまう天才音楽家の宿命を描く。ある日、国鉄蒲田操車場構内で扼殺死体が発見された。被害者の身許が分らず、捜査は難航した。が、事件を担当した今西、吉村の両刑事の執念の捜査がやがて、ひとりの著名な音楽家・和賀英良を浮かび上がらせる……。20056月、デジタルリマスター版にてリバイバル上映。