仕立て屋の恋(1989)

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原題は「Monsieur Hire」(ムッシュー・ハイヤー=主人公の名前)
やっぱりパトリス・ルコントが好き

アプローチはヒッチコックの「裏窓」(1954)と同じ
毎日向かいのアパートをのぞき見している男が
ある殺人事件を知ってしまう

だけど「裏窓」のジミー演じる足を骨折したカメラマンと違い
こちらの主人公、仕立て屋のイール(ミシェル・ブラン)の
のぞき見や性癖は見る人によってかなり気持ち悪いはず(笑)

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人付き合いが苦手で、大量の二十日鼠を飼い死んだ鼠を川に捨てる
売春宿に通い、過去には性犯罪の前科もある
潔癖症で、においフェチ、おまけに禿げ
(ボーリングだけは大得意 笑)

そのため、公園で若い女性が殺されたとき
捜査を担当する刑事(アンドレ・ウィルムス)は
イールが犯人なのではないかと、執拗に付きまとっていました

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そんなイールが毎晩のぞき見しているのは
向かいのアパートに住むアリス(サンドリーヌ・ボネール
ある日イールののぞき見に気が付くわけですが
窓にカーテンを付けるわけでもなく
婚約者のエミール(リュック・テュイリエ)との戯れさえ覗かせる
この女も視姦されることが好きな、かなりの変態上級者

そしてついにはイールの部屋まで逢いに来て
デートに誘いキスまでしてきます
でもアリスがそこまで優しくする理由をイールは知っていました
若い女性を殺したのは、アリスの婚約者のエミールだったからです
それをのぞき見で知ったイールを、口止めするつもりなのです

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とはいえ変態同士(笑)
イールの前でエミールといちゃつき
イールのストーカー的な、痴漢的な行為に快感を覚える
イールはますますアリスに本気になっていきます

そして警察がイールではなく、本当はエミールを追ってると知った時
アリスに一緒に外国に逃げようと持ち掛けます
すぐには愛してくれなくてもいい、必ず幸せにする
絶対裏切らないと渡す片道切符

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だけど列車の出発の時間になってもアリスは来ませんでした
そしてイールが部屋に戻ると刑事とアリスが座っていて
アリスの通報で、箪笥の引き出しの中から
被害者のバックが見つかったというのです

一瞬ですべてを悟ったイールは
「君を恨んではいない ただ死ぬほど切ないだけだ」と呟き
屋上へと逃げ、転落しながらアリスと目があう

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ここからラストにかけてのシークエンスが秀逸
さすがルコントはただのSMでは終わらない(笑)

イールはアリスが自分と逃げたら、アリスを救えるよう
逆に裏切ったらエミールにとってもアリスにも
致命傷となる証拠を残していたのです

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原作は「メグレ警部」シリーズで有名な
ジョルジュ・シムノンの1933年に発表された同名小説で
イールはロシア移民のユダヤ
アリスは(当時はドイツと同じくユダヤ人を差別していた)フランス人
エミールはドイツ人として比喩され描かれているそうです

なので二十日鼠を餌を撒いた線路の脇に籠から放つ行為は
やがて鼠が列車に轢かれ死ぬことを暗示しているわけですが
それも籠=収容所で、鼠=ユダヤ人のこと
若い女性が死ぬことにも(ユダヤ人なら)意味などいらない

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しかしルコントは原作にある”人種差別”的な要素より
「恋愛映画に特化した作品に仕上げた」と述べている通り
見事なマゾヒズム的犠牲愛映画に仕上がっています
しかもラストはサスペンス映画としてもきっちり〆るという腕前

80分という尺の短さもフランス映画のいいところ
もちろん「お気に入り」にさせていただきます

 


【解説】KINENOTEより
仕立て屋の中年男が向かいに住む女性を愛するあまり、殺人事件に巻き込まれ、人生を狂わせてしまう物語。「髪結いの亭主」のパトリス・ルコントが、ジョルジュ・シムノンの原作『イール氏の犯罪』(邦題『仕立て屋の恋』ハヤカワ文庫刊)をもとに監督・脚本を手がけたもので、製作順としては「髪結いの亭主」の前作。製作はフィリップ・カルカソンヌとルネ・クレトマン、共同脚本はパトリック・ドヴォルフ、撮影はドニ・ルノワール、音楽はマイケル・ナイマンブラームス「ピアノ四重奏曲第1番ト短調」を主題に担当。