原題は「Monsieur Hire」(ムッシュー・ハイヤー=主人公の名前)
やっぱりパトリス・ルコントが好き
アプローチはヒッチコックの「裏窓」(1954)と同じ
毎日向かいのアパートをのぞき見している男が
ある殺人事件を知ってしまう
だけど「裏窓」のジミー演じる足を骨折したカメラマンと違い
こちらの主人公、仕立て屋のイール(ミシェル・ブラン)の
のぞき見や性癖は見る人によってかなり気持ち悪いはず(笑)
人付き合いが苦手で、大量の二十日鼠を飼い死んだ鼠を川に捨てる
売春宿に通い、過去には性犯罪の前科もある
潔癖症で、においフェチ、おまけに禿げ
(ボーリングだけは大得意 笑)
そのため、公園で若い女性が殺されたとき
捜査を担当する刑事(アンドレ・ウィルムス)は
イールが犯人なのではないかと、執拗に付きまとっていました
そんなイールが毎晩のぞき見しているのは
向かいのアパートに住むアリス(サンドリーヌ・ボネール)
ある日イールののぞき見に気が付くわけですが
窓にカーテンを付けるわけでもなく
婚約者のエミール(リュック・テュイリエ)との戯れさえ覗かせる
この女も視姦されることが好きな、かなりの変態上級者
そしてついにはイールの部屋まで逢いに来て
デートに誘いキスまでしてきます
でもアリスがそこまで優しくする理由をイールは知っていました
若い女性を殺したのは、アリスの婚約者のエミールだったからです
それをのぞき見で知ったイールを、口止めするつもりなのです
とはいえ変態同士(笑)
イールの前でエミールといちゃつき
イールのストーカー的な、痴漢的な行為に快感を覚える
イールはますますアリスに本気になっていきます
そして警察がイールではなく、本当はエミールを追ってると知った時
アリスに一緒に外国に逃げようと持ち掛けます
すぐには愛してくれなくてもいい、必ず幸せにする
絶対裏切らないと渡す片道切符
だけど列車の出発の時間になってもアリスは来ませんでした
そしてイールが部屋に戻ると刑事とアリスが座っていて
アリスの通報で、箪笥の引き出しの中から
被害者のバックが見つかったというのです
一瞬ですべてを悟ったイールは
「君を恨んではいない ただ死ぬほど切ないだけだ」と呟き
屋上へと逃げ、転落しながらアリスと目があう
ここからラストにかけてのシークエンスが秀逸
さすがルコントはただのSMでは終わらない(笑)
イールはアリスが自分と逃げたら、アリスを救えるよう
逆に裏切ったらエミールにとってもアリスにも
致命傷となる証拠を残していたのです
原作は「メグレ警部」シリーズで有名な
ジョルジュ・シムノンの1933年に発表された同名小説で
イールはロシア移民のユダヤ人
アリスは(当時はドイツと同じくユダヤ人を差別していた)フランス人
エミールはドイツ人として比喩され描かれているそうです
なので二十日鼠を餌を撒いた線路の脇に籠から放つ行為は
やがて鼠が列車に轢かれ死ぬことを暗示しているわけですが
それも籠=収容所で、鼠=ユダヤ人のこと
若い女性が死ぬことにも(ユダヤ人なら)意味などいらない
しかしルコントは原作にある”人種差別”的な要素より
「恋愛映画に特化した作品に仕上げた」と述べている通り
見事なマゾヒズム的犠牲愛映画に仕上がっています
しかもラストはサスペンス映画としてもきっちり〆るという腕前
80分という尺の短さもフランス映画のいいところ
もちろん「お気に入り」にさせていただきます
【解説】KINENOTEより
仕立て屋の中年男が向かいに住む女性を愛するあまり、殺人事件に巻き込まれ、人生を狂わせてしまう物語。「髪結いの亭主」のパトリス・ルコントが、ジョルジュ・シムノンの原作『イール氏の犯罪』(邦題『仕立て屋の恋』ハヤカワ文庫刊)をもとに監督・脚本を手がけたもので、製作順としては「髪結いの亭主」の前作。製作はフィリップ・カルカソンヌとルネ・クレトマン、共同脚本はパトリック・ドヴォルフ、撮影はドニ・ルノワール、音楽はマイケル・ナイマンがブラームス「ピアノ四重奏曲第1番ト短調」を主題に担当。