動くな、死ね、甦れ!(1989)

原題の「Замри, умри, воскресни!」の

「動くな」とは、(だるまさんが転んだのような)子どもの遊びの合図

死ね」とは、過酷な現実

甦れ」とは、死んだヒロインにもう一度会いたいという祈りのこと

 

これは、ずっと見たかった映画のひとつ

その理由はこのタイトルのインパクトの強さと

監督のビターリー・カネフスキーに興味があったから

1990年、突如ソ連の辺境から現れた54歳の無名監督が

カンヌ国際映画祭最高新人賞(カメラ・ドール)を受賞

なぜカネフスキー(1935年生)がこの年で初の長編映画を

発表することになったかというと

強姦罪で8年間(1966年~1974年)強制収容所に収容されていたから

しかしカネフスキーは身に覚えのない罪を着せられたと

一貫して「無実の罪」主張しています

本作の舞台となったスーチャン(現パルチザンスク)カネフスキーの故郷

生活困窮し母親は売春しながらカネフスキーを育て

やがて彼はストリートチルドレンとなり、犯罪に手を染めていきますが

当時のソ連には「労働者農民階級を教育しエリートに育てる」という

共産思想ならではのシステム(夜間学校や通信教育)があり

青年期になり自分の境遇を変えたいと考えたカネフスキーは制度を利用し猛勉強

1960年、モスクワにある名門VGIK(国立映画大学)を受験すると

巨匠ミハイル・ロムカネフスキーに才能を見出され合格

同級生たちも彼の影像にリアリズムを求める姿勢に圧倒されたそうです

一方、人一倍制作意欲はあるものの

規律や権威に対する反骨心は収まることなくトラブル続き

当局から危険分子として目を付けられてしまいます

1966年、卒業制作で期待の新人監督としてキャリアが始まるはずだった卒業寸前

(見せしめとして)当局に逮捕されてしまいます

1974年に強制収容所出所したものの映画界に前科者の居場所はなく

それでも撮影所で雑用や(クレジットなしの)助監督を10年以上続けます

しかしついにゴルバチョフによるペレストロイカにより奇跡が起こります

検問が緩み、それまでソ連が隠蔽してきた

国民の貧困」や「強制収容所の実態」を撮影することが可能になると

カネフスキーは映画を撮るための脚本(ほぼ自伝)書き

レンフィルム撮影所に差し出します

脚本を読んだ、かってVGIKの同級生だったアレクセイ・ゲルマン

「素晴らしい!」と「彼に映画を撮らせるべきだ」と強く後押しますが

プロデューサーがカネフスキーの年齢を理由に渋ると

カネフスキーは棄てられていた古いモノクロフィルムの端切れをかき集め

撮った影像を撮影所に見せます

プロデューサーもようやく彼の才能を認め

完成した「動くな、死ね、甦れ!」 は世界中の評論家を驚愕させたのでした

どんな人間でも、いつ大逆転して成功するかわからない

いちばん大切なのは周囲の理解

ただカネフスキーの反体制で攻撃的な性格は変わることなく(笑)

その後もプロデューサーと衝突

ますます過去の執着にこだわるようになり

「ひとりで生きる」「ぼくら、20世紀の子供たち」公開のあとは沈黙を守り

(本作を含め「伝説の3部作(トリロジー)」と呼ばれている)

その後はフランスを拠点に静かに暮らしているそうです

ストーリーは、ラストまで絶悪な環境を描いたものでしかないのですが

そんなとき、もし自分を守ってくれる守護天使がいてくれたら・・

常に主人公を助けてくれるヒロインは

カネフスキーが作り出した妄想だそうですが

もしかしたらモデルになった女の子がいたのかも知れません

1947年(旧ソ連極東の)炭鉱の町スーチャンには

多くの強制収容所(ラーゲリ)が設置され

日本人捕虜を含む(よさこい節、炭坑節などの民謡を歌っている)

枢軸国側の軍人や、ソ連国内の政治犯や刑事犯が収容されていました

母親とバラック暮らしをしている12歳のワレルカは

近所に住む幼なじみの少女ガリーヤが蚤の市でお茶を売っているのを真似て

自分も家から持ち出したお茶を1杯1ルーブルで売るようになり

さらに「泉から汲んだ水を使っているのは僕のお茶だけだ」と

(嘘をつき)ガリーヤの商売の邪魔をします

ワレルカの通う学校の行進練習では、校庭に便が溜まり悪臭が漂っています

誰かがトイレにイースト菌を撒き、発酵した便が溢れかえったためです

教師たちは犯人を探すため、下校時間を過ぎても生徒たちを帰しませんでしたが

ガリーヤは、ワレルカの母親が重病だと嘘をつきワレルカを解放します

 

家に帰ると母親は男と情事にふけっていて

母親に思いを寄せている隣人の炭坑夫がそれを覗いている

ワレルカは蚤市でお茶を売って貯めたお金でスケート靴を買いますが

不良たちに襲われ奪われてしまいます

落ち込むワレルカを見かねたガリーヤが犯人の家を見つけ

ふたりは小屋からとっさに(スケート靴ではなく)ソリを盗んでしまいます

笑ってしまうふたり

ワレルカは日本人捕虜と親しく、よく収容所に出入りしていました

スーチャンではとにかく皆が怒鳴り合っていて

ワレルカにとって日本人がいちばん優しい存在だったのです

だけど言葉の不自由で日本人はうまく仕事をこなすことが出来ず

(食器棚の注文で棺桶を作ってしまう)

満足に休憩や食事をする時間さえ与えらていませんでした

さらに収容所では15歳になったというロシア娘が

男たちに「抱いて」と懇願していて、逃げ出すワレルカ

(ガリーヤ曰く、妊娠したり幼い子のいる女性は特赦で釈放される)

発狂した元学者だという男は、同情した主婦たちに配給の小麦を分けてもらうものの

それを泥と混ぜてむさぼっています

そんなとき学校のトイレにイースト菌を入れたのがワレルカの悪戯だったとわかり

母親の懇願もむなしくワレルカは学校を退学させられます

腹いせに(無銭で列車に乗ったのが見つかり殴られた機関士に復讐しようと)

自作のパチンコを持って鉄道に向ったとき、思わず線路の連結を変えてしまい

列車が脱線、大事故をおこしてしまいます

恐ろしさのあまり家出したワレルカは

貨物列車に飛び乗り祖母のいるウラジオストクに向かいますが

祖母は新しい愛人と暮らしていて、ワレルカを厄介者扱い

しかも翌朝、ワレルカを探す警官が逮捕にやってきたため

窓から逃げ街を彷徨っていると、ホームレスの男から強盗団のアジトを紹介されます

彼らから酒や盗みを教えられ、ついには時計店(宝石商)の強盗事件に加担する

しかし夏になると、ワレルカが「いい気」になっていて秘密をばらしかねない

不良たちは口封じのためワレルカを始末しようと計画します

彼らはただの不良じゃない、本物のチンピラだったのです

そこにワレルカを探し出したガリーヤが突然現れます

(彼の祖母の家を訪ねてからの経緯らしい)

脱線事故の事件は解決したと、もう逃げる必要はないと

(ワレルカの母親が必死に「無実」を警察に訴えたため)

呑気に仲間に紹介すると言うワレルカに

ここにいたら彼らに殺される、逃げるよう説得します

ふたりを殺そうとする強盗団に追い詰められそうになる中

ガリーヤの持ち前の機転と行動力でスーチャンに向かう列車に飛び乗るふたり

スーチャンが近づくとふたりは列車を降り

詩を朗読したり、愛の歌を歌ったりしながら線路沿いを歩きます

いつも口喧嘩ばかり、おせっかいなガリーヤ

だけど蚤市でおつりがなくて、タダでお茶を飲まれそうになると両替してくれた

母親にお金を盗んだと疑われたときには、違うと証明してくれた

イースト菌事件で教室から出られなくなった時には脱出させてくれ

スケートを盗んだ犯人を探し出し

脱線事故で警察から逃げたときには一緒に隠れ

強盗団という悪の道からと、命まで救ってくれた

どんなに大切な人か、どんなに愛しているか、やっと気付いた

今の自分があるのはガリーヤのおかげ

その時、列車が後方からやってきてガリーヤは線路から逃げますが

ワレルカはふざけてギリギリまで線路に立ち止まります

最後までガリーヤを心配させるワレルカ

再びふたりが線路に戻り歩き出すと、突然襲撃され倒れてしまいます

その列車には、ふたりを追った強盗団が乗り込んでいて

銃で襲撃したものと思われますが

詳細はあえて映像から外され(オフスクリーン)

ワレルカは重傷を負ったものの、生き延びて入院

ガリーヤの死体だけがスーチャンに運ばれると

発狂したガリーヤの母親が全裸で飛び出してきて広場を駆け巡ります

母親とは我が子のためには命さえ捨てれるというもの

もしかしたら箒にまたがって走り回れば、魔女のように魔法が仕えて

誰より優しい娘を蘇らせることができると信じたのかも知れません

 

【解説】映画.COMより

旧ソ連出身のビターリー・カネフスキー監督が、自身の少年時代の記憶をもとに描いた青春ドラマ。収容所地帯の町で暮らす少年少女の過酷な運命を鮮烈かつ叙情あふれるタッチで描き、カネフスキーが当時54歳にして第43回カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を受賞した。
第2次世界大戦直後のソ連。強制収容所地帯となった極東の小さな炭鉱町スーチャンに暮らす12歳の少年ワレルカは、シングルマザーの母親に反発し、悪戯ばかり繰り返していた。同じ年の少女ガリーヤはいつもワレルカのことを気にかけており、彼が窮地に立たされると守護天使のように現れて助けてくれる。そんなある日、度を越した悪戯で機関車を転覆させてしまったワレルカは、逮捕を恐れてひとり町を飛び出す。
2017年、世界の名作を上映する企画「the アートシアター」の第2弾作品としてリバイバル公開。2025年、特集上映「ヴィターリー・カネフスキー トリロジー」にてリバイバル公開。

1989年製作/105分/ソ連
原題または英題:Zamri, umri, voskresni!
配給:ノーム