アイム・スティル・ヒア(2024)

 

原題は「Ainda Estou Aqui」(私はまだここにいる)

 

ブラジル軍事独裁政権中に行方不明になった人々とその家族のため

また先住民族の人権(不当な暴力や土地を奪われている)のため行動し

ブラジル連邦政府世界銀行、国連の顧問を務めた弁護士

エウニセ・パイヴァの半生

原作はエウニセ・パイヴァの息子で

20歳のとき事故で四肢麻痺となった作家でジャーナリスト

マルセロ・ルーベンス・パイヴァが2015年 に発表した同名回顧録

 

私的には「シマロン」(Cimarron) という古い西部劇を思い出しました

放浪癖のある男と結婚したばかりに、女手ひとつで息子を育てながら

行方不明になった夫の代わりに新聞社を経営

町の浄化や女性たちの社会的地位の向上に貢献し

苦労しながらも、ついには下院議員にまで選出される物語

こちらの夫は「シマロン」のような身勝手な男ではありません

そのかわり、映画としては盛り上がりに欠ける(笑)

名言も感動的なスピーチもない

かなり地味な仕上がりとなっております

でもこういう、たとえ目立たなくても誰かに知られなくても

道徳的活動の努力を惜しまない人たちがいることを、私たちは知っておくべき

この映画も新しい手法や、派手な演出があるわけではありませんが

そういう意味では秀作

多くの映画賞で受賞とノミネートも受けました

エウニセ・パイヴァの夫、ルーベンスはブラジルの元議員で土木技師

裕福で子煩悩、妻のことも大切にしています

海岸近くの家で4人の娘と末っ子の長男の5人の子どもたち

家政婦のゼゼと不自由なく暮らしていました

ただルーベンスには秘密がありました

1964年のクーデターに関与したことで下院議員の職を剥奪され

ユーゴスラビアとフランスに)一時亡命していたルーベンス

その後も家族に内緒で亡命者たちと連絡を取り合い

国に残した家族に手紙を届けるなどの支援をしていたのです

1970年、革命運動によるスイス大使の誘拐事件後

さらに民主化運動に対する取締りが厳しくなると

ルーベンスの自宅にも強制捜査が入り、ルーベンスが連行されます

エウニセと次女のエリアナも(それぞれ12日間と24時間)拘束され

民主化運動に関与しているかどうか尋問されます

しかしいくら待っても、夫が戻ってくることはありませんでした

エウニセは弁護士の友人の助けを借り夫の人身保護令を申請

夫と一緒に拘束された元教師マーサから逮捕の証拠となる手紙も受け取りますが

知り合いのジャーナリストから夫がすでに殺害されたことを知らされます

夫のサインなしでは貯金をおろすことも出来ず

手持ちの外貨を両替したり、新居を建てるため購入していた土地を売っても

一家の暮らしは困窮していきます

エウニセは自宅を売り、祖父母のいるサンパウロに引っ越して

子どもたちを育てるため大学に再入学し学位を所得することを決意

47歳でロースクールを卒業し活動をはじめると

軍事独裁政権に対する闘争の象徴となっていきます

そしてついに1996年(民主主義が復活した)国家はルーベンスの殺害を認め

エウニセのもとに公式死亡証明書が届けられます

しかしルーベンス殺害に関与したと特定された5人が

起訴されることはありませんでした

その後もエウニセは先住民族の保護のための活動を続け

15年間アルツハイマー病を患ったあと2018年に死去

享年89歳でした



【解説】映画.COMより

「セントラル・ステーション」「モーターサイクル・ダイアリーズ」などで知られるブラジルの名匠ウォルター・サレスが、「オン・ザ・ロード」以来12年ぶりに手がけた長編監督作で、1970年代の軍事政権下のブラジルで実際に起きた、政権の理不尽な拷問による元議員の死と、遺された彼の妻子が歩んだ道を描いた政治ドラマ。2024年・第81回ベネチア国際映画祭脚本賞、第97回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した。
1971年ブラジルのリオデジャネイロ軍事独裁政権に批判的だった元下院議員のルーベンス・パイバが、供述を求められて政府に連行され、そのまま行方不明となる。残された妻のエウニセは、5人の子どもを抱えながら夫が戻ってくることを信じて待つが、やがて彼女自身も拘束され、政権を批判する人物の告発を強要される。釈放された後、エウニセは軍事政権による横暴を暴くため、また夫の失踪の真相を求め、不屈の人生を送る。
ルーベンスとエウニセの息子であるマルセロ・ルーベンス・パイバの回想録が原作。エウニセ役で主演を務めたフェルナンダ・トーレスは、本作と同じウォルター・サレス監督の「セントラル・ステーション」で、ブラジル人俳優として初めてアカデミー主演女優賞にノミネートされたフェルナンダ・モンテネグロの娘。母親と親子2代で同じウォルター・サレス監督作でアカデミー主演女優賞ノミネートを果たした。また、母親であるフェルナンダ・モンテネグロも本作に出演している。第97回アカデミー賞では作品賞、主演女優賞、国際長編映画賞の3部門にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞。

2024年製作/137分/PG12/ブラジル・フランス合作
原題または英題:Ainda estou aqui
配給:クロックワークス