北の螢(1984)

 

第一印象は「ゴールデンカムイ」(20142022)が

少なからずこの映画の影響を受けているのではないかと思いました

漫画は(長男が全巻持っている)さわりしか読んでいないんですけど(笑)

 

舞台は明治維新後の北海道樺太

ロシアからの侵略に備えるため

北の守りを固めようと北海道の開拓を推し進めようとした政府でしたが

屯田兵だけでは開拓が遅々と進まないことから

伊藤博文は囚人を開拓にあたらせることを思いつきます

北海道に刑務所を設置し、そこで典獄(てんごく=刑務所長抜擢されたのが

福岡藩士だった月形潔(つきがたきよし)

北海道の月形町は彼の名前に由来しているそうです

その月形潔をモデルにしたのが仲代達矢演じる主人公

物語のテーマは(たぶん)大きく分けてふたつで

ひとつは「勝てば官軍、負ければ賊軍」

これは明治維新の際に生まれた言葉で

どちら側にも大義名分があって戦ったものの

歴史は勝者の視点から書かれ、敗者の真実は隠蔽されるということ

勝った方がすべて正しいと評価され

敗者は悪者として描かれるのが世の中の常

 

ここでの囚人も主に政治犯

幕府、朝廷を守るため戦った人々

つまり良家の出の侍や、維新に反対した博識人が

今では罪人として足かせをされ、重労働を強要させられているのです

もうひとつは「かんかんのう」(看看兮)で

江戸時代から明治時代にかけて流行った俗謡ということ

 

かんかんのう きゅうれんす きゅわきゅうできゅ 

さんしょならえ さあ いほう しーかんさん 

ぴんびん たいたい やんろ

めんこが くわくで きゅうれんそ

意味は

わたしがもらった九連環(知恵の輪)

九とは九つの連なった環を見てちょうだい

両手で解こうとしても解けません

刀で切ろうとしても切れません

どなたかいませんか、解いてくれる人

そんな男がいたら夫婦になってもいい
その人はきっと好い男

 

元歌は中国のもので、女性が男性を褒め上げる気持ちを

中国語風の歌詞で表現しているそうです

だからといって、物語は北の大地を舞台に哀愁たっぷり

泪を誘うようなロマンチックなものではなく

男女のからみも上品とはいえない

五社英雄監督らしいエロと暴力と血しぶき満載でございます(笑)

明治十六年、北海道石狩平野に設けられた樺戸集治監(刑務所)では

「鬼の典獄」とあだ名される月潟剛史(仲代達矢)が君臨していました

月潟の情婦、すま(夏木マリ)が女将をしている女郎屋では

明治維新後、政治犯として捕らえられた夫や恋人に面会するため

働いている女たちもいます

(北海道中央)道路建設のため全国から集められた

「カニさん」と呼ばれる囚人の行列の中に夫がいないかと探します

ある日、雪の中で倒れている旅芸人の一座が見つかり

生き残ったゆう(岩下志麻)と名乗る女は

田舎では見ることのできないあか抜けた美女で

かっては祇園いちの芸奴で三味線奏者

月潟(大砲を持つ男と呼ばれている 笑)は

たちまちゆうの虜になり、ゆうを自分の女にします

さらに内務省の開拓副長官・石倉武昌(丹波哲郎)が視察に来ると

ゆうは知事の座を狙う月潟の命令で石倉の寝所に行かされます

ゆうはその見返りとして月潟に

津軽藩元家老の男鹿孝之進(露口茂)の赦免を求めます

月潟は赦免する権限はないが、接見は許します

面会前に男鹿を風呂に入れてやるなど、意外と優しいところもあるんですね

男鹿のことを助け出すというゆうに

男鹿はゆうに自分はここで死んでもいいから、月潟を殺すように命じます

彼にとっては薩長同盟や倒幕運動に尽力した

福岡藩士の月潟を倒すことのほうが、今でも大義だったのです

 

さらに看守である永倉新八(隆大介)ら元新選組

月潟を密かに裏切り、彼の命を狙っていました

北海道中央道路(別名囚人道路、現在の国道12号、39号333号線・・など)

とは網走から北見峠までを結ぶための道路で

ヒグマやオオカミが行き来する

未開の原野や森林を切り開いていくという過酷なもの

囚人とはいえ、自由民権運動のために戦った男たちを

月潟は冷酷無情にも弱った人間でも豪雪極寒の中での強制労働に駆り立て

逃亡を企てた囚人は独断で斬首刑にしてしまうという独裁者ぶり

結果、1300人の囚人のうち400名もの死者を出してしまいます

永倉新八らに闇討ちにあった月潟は

一命は取り留めたものの火鉢の灰をかぶり失明してしまいます

ゆうの献身的な看護により回復した頃

内務省から湯原忠良小池朝雄)に新典獄の辞令がおります

多くの囚人を犠牲にしたことを理由に更迭が決定したのです

一方で月潟を失脚させるため

月潟が申請した囚人のための食料と防寒着を

政府が送るのを却下していたこともわかるんですね

湯原が着任する前に、何とか建設中の道路の完成させようと

さらに囚人たちに苛酷な労働をさせるよう命じた月潟

月潟のやり方に反対したゆうは

(今頃?)小刀を抜き月潟を刺そうとします

すると月潟は「お前に惚れた」と告白

ゆうも男鹿より月潟のことが好きになっていたことに気付きます

月潟は道路の工事を進めるため

ゆうを道連れに建設現場に出向くことを決意

月潟のことを諦めたすまは

女衒(せげん)の丸徳山谷初男)と旅に出ることにしますが

 

すまの金を盗もうとしていた浜菊(中村れい子)と争い死んでしまいます

逃げる丸徳

月潟の片腕木藤(成田三樹夫)は身請けしたせつ(早乙女愛)に殺され

木藤から銃を盗んだせつは墓地の遺体から剥ぎ取った囚人服に着替えると

(今なら考えられない裸同然で雪の中での撮影)

建設現場に向かい恋人の弥吉(佐藤浩市と囚人たちを救出

囚人たちは暴動を起こし、男鹿や弥吉ら月潟とゆうを人質にして脱走

無人の小屋に辿り着くと、せつは弥吉と狂ったように愛し合います

それに興奮した囚人たちが(死にそうな)ゆうに目を向けると

男鹿は月潟に寝返ったゆうに着物を脱ぐよう命令するのでした

そのとき突然ヒグマが小屋を襲い、囚人たちがヒグマに殺されます

 

このどう見ても着ぐるみな(笑)

迫力ない熊ちゃんがイチバン印象に残ってしまったのは

五社英雄のヒグマへのこだわりが

成功したということなのでしょうか(笑)

男鹿は、弥吉、せつ、月潟、ゆうを連れて海を目指し

海から脱出することを考えます

延々と続く雪原を歩いているとき、 月潟が小さなくぼみを発見

(失明していたの治ったどころか、視力が良すぎる問題 笑)

雪面に耳を当てると、ここは石狩川の上だと

下流に向えば海に出れるといいます

しかし男鹿は下流は逆だと反対側に向って歩かせ

やがて地平線の向こうに海と見たのは集治監でした

彼らはもとの場所に戻ってしまったのです

絶望した男鹿は銃で自殺してしまい

弥吉とせつは再び雪原に逃げることにします

集治監に戻った月潟は湯原を倒すと、次々と檻の中に鍵を投げ入れ

檻を開け足かせを外し脱走していく囚人たち

誰もいなくなった集治監で身を寄せあう月潟とゆう

「見える 見える 見える 蛍が飛んどす

「もうすぐ春が来る 春が来るんどす」

と舞う雪を見つめながら、ゆうが呟き

ふたりは踊りながら消えていったのでした

 

いきなりファンタジー?(笑)

もしかしたら集治監に戻ったところで完結させたほうが

よかったのではないかと思いました

 

 

【解説】映画.COMより

明治時代、北海道開拓の先兵として強制労働を強いられた囚人たちと彼らを収容する樺戸集治監の管理者たちとの血で血を洗う葛藤、そこに集まってきた女たちの愛憎を描く。監督は「陽暉楼」の五社英雄。脚本も同作の高田宏治、撮影は「序の舞」の森田富士郎が各々担当。また、阿久悠がスーパーバイザーとして企画の段階から総合的アドバイスをしている。

1984年製作/125分/日本
原題または英題:Fireflies in the North
配給:東映