「あなたは正しいことをした」
原題は「Pigen med nalen 」(針を持つ少女)
ここでの「針」とは新生児の頭頂部(泉門)に突き刺す針のこと
かって北欧や東欧などでは、育てられない新生児の頭に針を刺し
自然死に見せかけて殺すことがあったそうです
(大人になってから脳内に針が見つかった人もいたらしい)
もうひとつの意味は
ヒロインが何度も折れる針から
やがて強く折れない針のように成長した・・という意味にも
例えているのではないかと思いました

ストーリーは夫が戦死したと思い込んでいた女性が
新しい恋人との間の子を妊娠しますが捨てられ、中絶にも失敗
産まれた赤ちゃんをプロの養子縁組をする世話人に預け
そのままそこで里親を待つ新生児の乳母として雇ってもらいます
しかし子どもたちは養子に出されていたのではなく
世話人が殺していたことを知ってしまいます

1913年から1920年までの7年間に
(自分の子どもを含む)婚外に生まれた9~25人の子どもを
世話すると偽って預かり、絞殺、溺死、ストーブで焼き殺した
デンマーク人女性、ダウマ・オウアビューがモデル

日本でも戦後、助産婦が(養育料を貰って)私生児を預り
顔立ちの良い子は高い金額で養親に売り払い
貰い手のない子供は餓死や凍死させるという
「寿産院事件」という事件があったそうです

ただ映画の中のダウマは、母親たちを救ったといいます
女性が道端でレイプされているのを何度も見た
そういうことが二度とないよう、記録に残すことが自分の使命だと
いうようなコラムを昔読んだことがあるんですが
それくらい望まない妊娠によって出産する未婚の母が多かったんですね
でもお腹の中で9か月間育てた赤ちゃん
「子どもの欲しい医者とか、弁護士とか、そういう良い家に貰われる」
ダウマのその一言は確かに母親たちを救ったのでしょう
殺されていたと知るまでは

1919年、コペンハーゲンに住むカロリーネは
家賃を滞納していたため大家から突然立ち退きを迫られます
すでに次の借主も決まっているという
部屋を見に来た女性は娘が(カロリーネにねずみが出ると脅され)
家に帰りたいと言うのを平手打ちし、カロリーネに敵対心を持ったかのように
「ここに決めた」と告げるのでした

追い出されたカロリーネが見つけた部屋は雨漏りはしているし
部屋中に鳥の羽根や糞が散らばり、トイレも水道もないような物件
お針子として働いていたカロリーネは
洋裁工場の工場長ヤアアンに寡婦手当てが欲しいと頼みます
死亡証明書がなければ手当は出せない
しかしカロリーネに同情したヤアアンは
行方不明になったご主人の消息を知り合いに探させることを約束しますが
やはり夫は見つからなかったと、親切に知らせに来ます

ヤアアンが自分に好意を抱いていると感じたカロリーネは
ヤアアンの仕事を終わるのを待ち伏せし、路地裏でセックス
それを見て見ぬふりする通行人たち
中沢啓治氏じゃないけど、こういうことって日常茶判事だったのでしょう

違うのは良家の子息で世間知らずのヤアアンが
カロリーネに夢中になってしまうこと
終戦を迎えると従業員を集め
もう軍服を縫うことで針が折れることもないとスピーチをし
カロリーネを見つめるカロリーネ
クリスマスには美しいドレスをプレゼントします

そこに消えたはずの夫ペーターが帰ってきます
最初は無視するものの、部屋に招き食事を用意するカロリーネ
手紙を送ってもなぜ一年以上返事もよこさなかったのと
(顔半分を隠す銀製のマスクが全てを語ってる)
新しい恋人がいる、彼の子を妊娠している
出て行って欲しいとペーターを追い払うのでした

ヤアアンに妊娠していることを知らせ、結婚を迫るカロリーネ
お坊ちゃまのヤアアンは喜んで快諾し
カロリーネは同僚で親友のフリーダに
お屋敷に住んだらフリーダを家政婦長として雇うことを約束します

ヤアアンから贈られたドレスを来て
ヤアアンの母親こと男爵夫人に会いに行く行くカロリーネ
男爵夫人はカロリーネを別室に通し、そこに待っていたのは婦人科医
医者は夫人に(胎児が大きくなりすぎて)堕胎は無理なことを伝えると
夫人はヤアアンにカロリーネと別れるか、家を出て行くかのどちらかを迫ります
「遊びだった」と答えるヤアアン
洋裁工場も実は母親の持ち物だったのですね
夫人はカロリーネに二度と工場に来ないよう告げます

公衆浴場に行ったカロリーネは、そこで自分の股間に編み針を突き刺します
激痛で悶えるカロリーネを、娘と浴場に来ていた女性が助け
ダウマと名乗るその女性は(養子縁組で有名な)砂糖菓子店を営んでいて
子どもが生まれたら連れて来ればいいと教えます
大きなお腹を抱ながら、日雇いの重労働で身銭を稼いでいたカロリーネ
夫のピーターがサーカスのポスターになっているのを見つけ
ショーを見に行くと、ナチ風の軍服で醜く崩れた顔を披露する夫の姿
司会者の「この顔に触りたい人」に手を挙げたカロリーネは
観客の前で彼にキスし、それから再び一緒に暮らすようになります

ピーターはそれこそ女性にとって「都合にいい男」
戦争PTSDで夜になると激しくうなされ、そのためモルヒネ中毒になりますが
カロリーネが出産すると、神の祝福だと娘の誕生を喜びます
だけどカロリーネはピーターのように娘を愛せませんでした
ピーターの子どもが欲しいと伝えると
ピーターは戦争で(顔の負傷だけでなく)不具になったことを打ち明けます
娘のためベビーベットを調達し帰宅したピーターを
階段の影から隠れて見送るカロリーネ
娘を抱きダウマの砂糖菓子店に向かうものの、世話賃が足りない
明日必ず足りない分のお金は持ってくると約束し
泣く娘にお乳をやりなというダウマの命令に従うカロリーネ
それは赤ちゃんに免疫力をつけるためには初乳が大事
という理由からだろうと、私も騙されてしまったのですが

(ピーターの元には戻らず)ここで働きたいというカロリーネに
ダウマは7歳になる娘エレナに母乳を与えることを条件に承諾します
今でも小学校に上がるような年齢になっても
乳離れできない子どもがいるという話は聞きますが
その原因のひとつが、乳幼児期に十分にミルクや
離乳食が与えられなかった、ということ
それが物資も食料も不足の戦時中なら、なおさらあるあるですよね
でもそのときから、カロリーネとダウマとエレナの関係は良好に見えました
可愛い赤ちゃんは養子、奇形の赤ちゃんは孤児院
それも仕方がないと納得するカロリーネ
ダウマが時折自分を落ち着かせるため使っているエーテルを
カロリーネも愛用するようになり、ふたりはさらに親密になる

やがてカロリーネは菓子店にある全てのお菓子の味と銘柄を覚え
養子縁組を希望し赤ちゃんを抱いてやって来た女性を安心させ
しっかり料金も受けとる術も身につけていきます
そんなカロリーネを信頼したダウマは
預かった男の子を養子先が決まるまで世話をするよう頼みます
そのことが彼女を破滅させるとも気付かずに
久しぶりに親友のフリーダに会ったカロリーネは
「医者とか、弁護士の」裕福な養親が決まるまで
この子の世話を任されていると、誇らしげに語ります
さらに笑う頃になった可愛さのたまらなさ

そんな赤ちゃんに夢中になってしまったカロリーネに
お乳が欲しい、抱っこして欲しいと夜のベッドでねだるエレナ
寝ぼけたカロリーネはそれを拒否し
怒ったエレナは赤ちゃんの口を塞ぎ窒息させようします
異変に気付き気付きエレナを殴るカロリーネ
翌朝カロリーネが目覚めると赤ちゃんがいない
正装したダウマが、養子先が決まったことを伝えます
養子先はどこかと尋ねても、養親の希望で教えられない
エレナを拒絶したせいだと、ダウマの後をこっそりつけるカロリーネ
ベビーカーを押すダウマが路地裏に入り(赤ちゃんを絞め殺す)
彼女が去ったあとその場所を確認しに行くと
そこには(マンホール蓋のない)下水道が流れていました

養子縁組は嘘、赤ちゃんは殺されていた
菓子店に戻ったカロリーネがダウマを責めると
逆に「残酷な世界で子どもを育てるほうが正しいのか」と反論されます
カロリーネはダウマの若い愛人、スヴェンセンが
自分に色目を使っていることも抗議すると
エレナの誕生パーティでスヴェンセンに別れを告げるダウマ

でもこの映画に出てくる男たちは、皆純情男なんですね
スヴェンセンもただの雇われヒモ男かも知れないけれど
最後までダウマを悦ばせようとしたのは確か
カロリーネに興味を持ったそぶりも、単に彼女がダウマより若かっただけ
世の中のオジサンが若い娘を「いいなあ」と思わず見つめてしまうのと
同じなんじゃないかなと
恋人に捨てられ、不随の夫、赤ちゃんは殺され
焦燥しきったカロリーネに大量のエーテルを与えるダウマ

そこに(カロリーネから私生児が医者や弁護士に貰われると聞いた)フリーダが
赤ちゃんを抱えた若い母親を連れて菓子店にやって来ます
ダウマはその預かった赤ちゃんをカロリーネに抱かせ
それをダウマが押しつぶし圧迫死させます
早朝、激しく扉を叩く音がすると
(気持ちが変わった)母親が赤ちゃんを返して欲しい
さもなくば警察を呼ぶという声がします

騒音に目覚めたダウマはカロリーネを起こし
(警察が来る前に)身支度を整えるよう要求します
だけどカロリーネは着替える様子もなく
警察の突入とともに、窓から飛び降り自殺したのでした
ダウマは逮捕され、エレナは孤児院に送られ
カロリーヌは生きていて、ピーターが勤めるサーカス団に向かいます
瀕死のカロリーヌをピーターは助け
娘を手放したという彼女の気持ちを擁護し
楽物からも引き離そうとします

彼も一時は妻を捨て、見放した
こんな姿になってしまったけれど
その償いは一生するという覚悟かも知れません
ダウマの裁判が始まり、子どもを預けた母親や女性たちから批判されます
しかしダウマは起訴事実を認めながらも後悔はしていませんでした
正しいこと、多くの母親を救ったのだと
さらに単独犯であり、決して共犯者はいなかったことを誓います
傍聴席にはカロリーヌの姿

それから間もなくして孤児院に
女の子を迎えたいという女性が現れます
連れられてきた女の子はエレナでした
カロリーヌの顔を確認したエレナは彼女の胸に飛び込み
ふたりは熱い抱擁を交わしたのでした

そんなふたりの帰りを待っているのは、たぶんピーターなのでしょう
何もかも恵まれなかった3人がこの先家族として
幸せに暮らしていければと願わずにいられません
最もは、戦争がないことこそが第一優先なんですけどね
【解説】映画.COMより
スウェーデン出身でポーランドで映画制作を学び、これまでに発表した長編「波紋」「スウェット」もそれぞれ高い評価を得たマグヌス・フォン・ホーンの長編監督第3作。第1次世界大戦直後のデンマークで実際にあった犯罪を題材に、混沌とした社会のなかで貧困から抜け出そうと生きる女性の姿を鮮烈なモノクロームの映像で描いた。2024年・第77回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されたほか、第97回アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされた。
第1次世界大戦後のデンマーク、コペンハーゲン。お針子として働きながら、貧困から抜け出そうと必死にもがく女性カロリーネは、恋人に裏切られて捨てられたことで、お腹に赤ちゃんを抱えたまま取り残されてしまう。そんな中、彼女はダウマという女性と出会う。ダウマは表向きはキャンディショップを経営しているが、その裏で秘密の養子縁組機関を運営しており、貧しい母親たちが望まない子どもを里親に託す手助けをしていた。ダウマのもとで乳母として働くことになったカロリーネは、ダウマに親しみを感じ、2人の間には絆も生まれていくが、カロリーネはやがて恐ろしい真実を知ってしまう。
カロリーネ役は「MISS OSAKA ミス・オオサカ」「ゴッドランド GODLAND」のビク・カルメン・ソンネ、ダウマ役は「ザ・コミューン」で第66回ベルリン国際映画祭の銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞しているトリーヌ・ディルホム。
2024年製作/123分/PG12/デンマーク・ポーランド・スウェーデン合作
原題または英題:Pigen med nalen
配給:トランスフォーマー