
ギドラ伯爵からの名作DVDのプレゼント第三弾
今なお多くのクリエイターたちに影響を与え続けている
アンドレイ・タルコフスキーの哲学的SFファンタジー
原題は「Сталкер」(ストーカー)
ストーカーが特定の人物に付きまとう意味で使われるようになったのは1990年代からで本来の意味は(狙った獲物などに)「こっそり行く」 こと

この映画の公開により「ストーカー」はロシア語の新造語の中で最も人気がでて
(日本でいう「流行語大賞」のような感じ 笑)
禁じられた領域や未知の場所のガイドや
廃墟やゴーストタウンを訪れる人々にも使われるようになったそうです

物語は何でも願いが叶うと噂されている「ゾーン」という謎の立入禁止区域に
「ストーカー」(ウディ・ハレルソンにしか見えない 笑)と
「科学者」と「作家」というあだ名の3人の男が向かうというもの

その「ゾーン」までの道のりがまるで
事故後の「チェルノブイリ」を思わせるのですが
チェルノブイリ原発事故が起こったのは映画の公開から7年後の1986年
チェルノブイリの立ち入り禁止区域で働いていた作業員らも
自分たちのことをストーカーと呼んだそうです

「ゾーン」という言葉も今では
(スポーツ選手などが)研ぎ澄まされた感覚に陥った時の例えに使われますし
なにか予言的なものを感じます

原作はアルカージーとボリスのストルガツキー兄弟が1972年に発表した
小説Пикник на обочине」(路傍のピクニック)
ストルガツキー兄弟はタルコフスキーとともに脚本も担当しています

ある小国に隕石の落下か、宇宙人が来訪したのかわからないが
ゾ―ンと呼ばれる地域があり、ただちに軍隊が派遣されますが
兵士はだれひとり戻りませんでした
その後ゾーンには誰も入れないよう警備隊が守っています

いつしかゾーンには、人間の一番切実な望みをかなえる「部屋」があると噂され
望みをかなえようとゾーンに侵入しようとする者たちが現われ
彼らを「部屋」まで案内する者は「ストーカー」と呼ばれていました

ひとりのストーカーは(立入禁止地域のゾーンに侵入したことで逮捕され)
刑務所から妻と娘のもとに戻ったばかり
娘は奇形で口がきけず歩けず「お猿」と呼ばれています
妻は再び捕まれば10年は喰らうとゾーン行きに反対しますが
引き止める妻を振り切って「作家」と「教授(物理学者)」
ふたりの客が待つバーに行き
(作家と一緒だった女性はストーカーに追い払われる)
「待ち受ける危険を生き抜くためには、私の言う通りにしなければならない」
と警告します

境界地帯の警備兵の銃火をランドローバーに乗って抜け
トロッコに乗ってゾーンヘ向かうと
ゾーンは発電所跡のような、緑がうっそうと茂る廃墟で
派遣された軍隊の戦車の残骸や、人間の骸が残されたままでした
部屋のある場所が目の前に見えると
「ゾーンはいわば複雑な罠で、その罠にかかれば命がない」

ストーカーは白い布を結びつけたナットを投げては道順を決めて行きますが
作家は言うことを聞かず、先にまっすぐ進んで行ってしまいます
すると何者かの「止まれ!動くな!」という声と、霧に行手を阻まれます
怯えて戻ってきた道に、警告されて運がいいと言うストーカー
「最もまっすぐな道が必ずしも最短の道であるとは限らない」
「ゾーンでは周囲の風景も、自然も刻一刻と変化するのだ」
「風が吹き、大地が揺らぎ、そして帰路も同じコースをたどっては戻れない」

なのに今度は教授がリュックを置いてきてしまったという
よほど大切なものが入っているらしく、リュックを取りに戻ってしまいます
ストーカーと作家が先を急ぐと、なぜか教授が先回りして到着していました
作家はゾーンに来た理由を「現代社会は法則づくめで退屈だ」と
「ゾーンには何かインスピレーションを取り戻すものがあるんじゃないか」
と言います
口数の少ない教授はゾーンの科学的分析でノーベル賞を受賞したいようです
ストーカーは部屋まで案内するのは、お金のためではないと主張します
かって「ヤマアラシ」という名前のストーカーが
部屋に入ったことで大金を手に入れたが、その後首を吊ってしまった
私には「絶望的な人々を助ける目的以上の動機はない」のだと

最初から最後までインテリ監督によくある
詩的で哲学的なインテリジェントな会話が延々と続くわけですが(笑)
例えばジャン=リュック・ゴダールは知性をひけらかして鼻につくし(褒めています)
ウディ・アレンは自虐的でクドイ(これも褒めています 笑)

でもタコルスキーの場合、この長ったらしいセリフが
なぜかとても気持ち良くなってくるんですよね(笑)
木々や草原の緑や、流れる水や風の吹く様子を捕らえた
ハゲのおっさんが3人、歩いているだけなのに(笑)

水が滝のように流れ落ちる、だけど「乾燥室」という名を持つ場所を通り
何人もの生命を奪ったという「肉挽き機」と呼ばれるトンネルをくぐりぬけ
深い井戸の波紋が連なる砂丘の部屋を過ぎると
ついに「部屋」の入口に着きます
無事にたどりついたことを喜ぶストーカー

その時教授がリュックから20キロトンの爆弾を取り出します
教授がゾーンに来た本当の目的は部屋を爆破することだったのです
悪人や犯罪者が自分の利益のために部屋に押し寄せてくるかも知れない
それは犯罪の増加、社会紛争、軍事クーデター、破壊的科学を引き起こすことになり
教授は部屋とストーカーとストーカーのクライアントを非難します

さらに「ヤマアラシ」が首を吊ったのは
弟が肉挽き器で死に、弟を返してもらうため部屋に入ったものの
部屋はヤマアラシの最も大切な願いが弟のことではなく
お金だと気づかされたのだと
誰も自分の本当の欲望を知ることはできない

ゾーンを唯―の心の支えに生きていたストーカーは
教授から爆弾を取り上げようとしますが、作家が殴って阻止します
作家はここにきてストーカーのゾーンに対する神聖化に疑間を持ち始め
ゾーンこそ偽善にすぎないと確信したのです
部屋の入り口で、座り込んでしまう3人
教授は部屋を爆破するのをやめ、爆蝉を解体します
しかしその爆弾はゾーンの水を汚染していったのでした

3人がバーに戻るとストーカーの妻が娘の「お猿」と一緒に迎えに来ます
(ゾーンからずっとついてきた犬と一緒に)
家に帰ったストーカーは疲れ果て
「あんな作家や学者ども、何がインテリだ!骨折り損だった」と叫びます
やさしくベッドでストーカーを寝かしつける妻
そこから妻の独自がつづきます

「母は彼との結婚に反対し言いました
(彼は)ストーカーよ、呪われた永遠の囚人なのよ、ろくな子供は生れないって
でも好きになったんだから仕方ありません、私たちってそういう運命だったんです」
「苦しみのないところには幸せもない」

台所では娘のお猿がフョードル・チュチェフの愛の詩を読んでいます
彼女はテーブルの上にある3つのコップを
サイコキネシスを使って動かしているように見えます
同時に電車が通り家を揺らすため
それが超能力であるかどうか、わからなくしています

ゾーンへの道は、自分探しの道
でも「青い鳥」と同じ、本当の幸せは家庭の中にしか見つけれない
喋れない歩けない娘は発言の自由を奪われた(ソ連)国民の姿
ストーカーの一番切実な願いは娘の障害をなくすること
それによって娘は超能力を得たけれど、世界は何も変わらない
作家と物理学者が結局なにも出来なかったのと同じように
【解説】映画.COMより
ある小国を舞台に不可思議な立入禁止の地域である“ゾーン”に踏み込んだ三人の男たちの心理を描くSF映画。監督・美術は「鏡」のアンドレイ・タルコフスキー。アルカージーとボリスのストルガツキー兄弟の原作「路傍のピクニック」を基に彼ら自身が脚色。撮影はアレクサンドル・クニャジンスキー。音楽はエドゥアルド・アルテミエフが各々担当。出演はアレクサンドル・カイダノフスキー、アリーサ・フレインドリフ、アナトリー・ソロニーツィン、ニコライ・グリニコなど。
とある小国に、謎に包まれた“ゾーン”と呼ばれる地域があった。立入禁止になっていたが、そこには、人間にとって一番大切な望みがかなえられる“部屋”があるというのだ。そして“ゾーン”に踏み込むという大胆な行動をとる者が出現した。案内役はストーカー(アレクサンドル・カイダノフスキー)と呼ばれている男だ。止める妻(アリーサ・フレインドリフ)を説得し、今“ゾーン”へと出発するストーカー。作家(アナトリー・ソロニーツィン)と教授(ニコライ・グリニコ)の二人と待ち合わせて“ゾーン”に向かう三人。境界地帯に待機していた警備兵の銃弾をくぐり“ゾーン”への侵入を果たす三人。そこにはこの“ゾーン”を探るためにこれまでに送り込まれた軍隊の戦車や人間の死骸が無残にさらされている。水に溢れた“乾燥室”を通り“内挽き器”という恐しいトンネルをくぐり、ついに“部屋”にたどりついた。しかし、踏み込む瞬間、教授が、自分で造った爆弾を取り出し、“部屋”が犯罪者に利用されることを避けるために、“ゾーン”爆破を目的としていたことを告白した。“ゾーン”を支えに生きてきたストーカーはその爆弾を取りあげようする。そのストーカーの態度に疑問を感じる作家。彼ら自身“部屋”に対する考えが、徐々に変化をみせる。“部屋”は、いったい彼らにとって、いかなるものであったのだろうか。自ら自身にもわからないのである。
1979年製作/ソ連
原題または英題:Stalker
配給:日本海映画
