夜明けのすべて(2024)

生きるのが辛い でも死にたくない

 

特別「面白かった」というわけではありませんが

とても「真面目」に作った映画だと感じました

最近映画でこういう誠実さを感じることは少ない

私の見た中で、今年いちばんの邦画だと思います

ストレス解消法には大きくわけて、2つの型があるそうですが

ひとつは気晴らし(行動)

スポーツ、カラオケ、買い物など、趣味に没頭して気分転換を図る方法

 

もうひとつはラクゼーション型

音楽を聞いたり、お風呂に入ったり

心身リラックスさせて状態を整える方法

それらは個人で楽しむもので、誰にも迷惑はかけませんが

時として人は暴言を吐いたり

酷い場合は配偶者や子どもに暴力を振るう

それもストレスによるイライラの解消だと思うのです

上白石萌音演じるヒロイン「藤沢さん」は

普段はおせっかいな「おばちゃん」かというくらい

周りに気配りするタイプなのですが

突然イライラしてヒステリックに怒り出してしまう

そういう人結構いますよね

上司の要領の悪い指示にイラッ

炭酸のペットボトルの蓋を開ける音にイラッ

誕生日に来たたくさんのLINEの返信がめんどいの友だちの言葉にイラッ

「いいかげんにして」と物言いをしてしまう

それはみんなが心の中で思っているまっとうな意見なのですが(笑)

言われたほうは、プライドが傷ついてしまうものです

もちろん本人も生きづらいわけで、今では女性のそのような特徴が

PMS 月経前症候群)かも知れないということがわかっているんですね

 

「藤沢さん」は重度のPMS で会社を辞め

理科の学習教材などを扱う「栗田科学」という中小企業に転職します

たぶん病気や休職に理解ある会社なのでしょう

そこでは大手コンサルタント会社からやってきた

松村北斗さんの演ずるパニック障害の「山添くん」も働いていました

 

「山添くん」は食べ物の味がしないので炭酸水ばかり飲んでいる

電車に乗れない、ハサミの音が怖くて髪の毛を切れない

などの症状を抱えています

ふたりとも普段は「普通」に見えるので

本人が本当に苦しんでいることを、理解して貰えないことが

また辛い

 

女性の場合はPMSだけでなく、多かれ少なかれ

己のホルモンバランスと戦っているので

大変さがよくわかりますよね(笑)

マリッジブルー、マタニティーブルー、産後鬱

年齢がいったらいったで更年期障害がやってきますし

いつになったら安らかに過ごせるんだって思います

 

この映画は、そのような症候群、依存症、不安症といった

何かしら障害や病的な問題を抱えている人が多いということを

とてもわかりやすく丁寧に伝えている

PMSの症状で失敗してしまった藤沢さんが

お詫びのしるしに会社でお菓子を配る

ベテランのおばちゃん社員が言う「気遣わないでいいのよ」

「でもこのお菓子大好きなの、ありがとう」

 

会社のドキュメンタリーをビデオで撮り続けている

中学生のふたりも可愛い

流石に現実は映画のように上手く行くとは限りませんが(笑)

「優しくする」=「やさしい言葉を選ぶ」という大切さを

再確認させられます

 

障害によってできないことが不幸なのではなく

違う方法、違うやり方もあるのではないか

それが移動プラネタリウムの星の解説を作る時に発揮されますB

山添くんの書いた原稿を「ありきたりじゃない?」と指摘する藤沢さん

違っていい、違うからいいこともある

そこから藤沢さんとと山添くんの、安易な恋愛描写がないところもいい

ポテトチップスのカスを袋から食べるみかん食べながら

ベスト・オブ・上白石萌音といえる萌えシーンも

(お守りもあんな量買う? 笑)

山添くんと彼の恋人である千尋(芋生悠)との育ちの違い

格差がはっきり伺えます

いくら仲良くなっても、所詮住む世界が違うという線引き

移動プラネタリウムは、山添くんの前の職場の上司(渋川清彦)や

山添くんの恋人、藤沢さんの親友(藤間爽子)も来てくれて

無事成功を収めます

 

「夜明け前がいちばん暗い」

でも夜明けは必ずやってくる

山添くんは前の会社に戻らず「栗田科学」で仕事を続ける決意をし

一方の藤沢さんは母親の介護のため田舎に帰ることになります

「この会社で働けて幸せでした」

 

エンドロールの定点カメラでとらえた、社員のキャッチボール

山添くんが来て「コンビニへ行くけど、何かいるもの、ありますか?」と聞く

なにも特別なことが起こらない日常がこんなに幸せそうに見えるなんて
でもそこにあるのは、皆がそれぞれ苦労を乗り越え

毎日コツコツと積み上げてきた幸せなのです

今ちょっと、働いていて仕事が辛い人に見て欲しい

「お気に入り」を献上させていただきます

 

 

【解説】映画.COMより

「そして、バトンは渡された」などで知られる人気作家・瀬尾まいこの同名小説を、「ケイコ 目を澄ませて」の三宅唱監督が映画化した人間ドラマ。
PMS月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さんは、会社の同僚・山添くんのある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。転職してきたばかりなのにやる気がなさそうに見える山添くんだったが、そんな彼もまた、パニック障害を抱え生きがいも気力も失っていた。職場の人たちの理解に支えられながら過ごす中で、藤沢さんと山添くんの間には、恋人でも友達でもない同志のような特別な感情が芽生えはじめる。やがて2人は、自分の症状は改善されなくても相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる。
NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」で夫婦役を演じた松村北斗上白石萌音が山添くん役と藤沢さん役でそれぞれ主演を務め、2人が働く会社の社長を光石研、藤沢さんの母をりょう、山添くんの前の職場の上司を渋川清彦が演じる。2024年・第74回ベルリン国際映画祭フォーラム部門出品。

2024年製作/119分/G/日本
配給:バンダイナムコフィルムワークス、アスミック・エース