風が吹くまま(1999)

「美しいかもしれない天国や

 響きのいい約束よりも

 目の前の葡萄酒」


原題は「باد ما را خواهد برد,」(風が私たちを運んでくれる)

これもまたアッバス・キアロスタミの意地悪な映画

でもこの巧みな展開には唸ります、うますぎる(笑)

テヘランから約700キロ離れたクルド人の村シアダレ

山の斜面に沿って家が立ち並び

どこまでが屋根か道かわからない(笑)

迷路のような作りは「望郷」(1937)の舞台となった

アルジェリアのカスバとも雰囲気が似ています

さらにこちらはカラーなので(笑)

白い壁、鶏のいる階段、青い窓枠とドア

美しさが際立ちます

その小さな村に取材班とやってきたTVディレクター

村人たちは彼のことを「エンジニア(技術者さん)」と呼び

部屋を貸し、パンを運び、客人としてもてなしてくれます

彼の目的は村に死にそうなおばあさんが居ると知り

クルド人のお葬式を取材することでした

(人の不幸を食いものにするのはどの国のマスコミも同じだな)

しかし村人たちの献身的な介抱のおかげで

おばあさんはなかなか死なない

エンジニアが車に乗せた学校の先生の話が印象的

エンジニアが葬式の取材に来ていること知っている先生は

(彼が悪しきと思ってる)クルド人の習慣を教えます

先生の母親の顔にはふたつの深い傷があるといいます

最初の傷は夫の姉(叔母)が亡くなったとき

夫の家族への愛を示すため

ふたつめは夫の社長のいとこが死んだとき

仕事がなくならないよう、社長への忠誠心を示すため

自分の爪でつけたというのです

学校に到着し先生が車を降りる時

松葉杖をついていることに気付きます

松葉杖の意味はわからなかったのですが

何か母親の顔の傷と同じような意味があったのでしょうか

丘の上では若者が井戸を掘っています

その穴に毎日娘が牛乳を届けてくれる

若者は娘の家に行けば牛乳をもらえると言います

電気がない(しょっちゅう停電する)ため

真っ暗な牛舎で牛乳を絞る娘

名前を言わない、口もきかない娘にエンジニアは詩を聞かせました

お金も受け取らないためドアにお金を挟んで帰ります

やがて2泊だけの予定が2週間を過ぎ

プロデューサーから携帯に電話が来るたび

(村では電波が届かない)高い丘の上まで車で行ったり来たり

撮影を催促され、番組を打ち切ると脅され

(声は聞こえないので雰囲気で 笑)

取材班は仕事がなきゃ稼げないから帰りたいと言い出し

エンジニアのストレスは溜まっていきます

甲羅の傷付いたリクガメを足でひっくり返し

おばあさんの孫で毎朝パンを運んでくれる少年には

取材班におばあさんの面倒を見ている小叔父が

おばあさんが元気になり、一時町に帰ったことを教えたとを怒り

(少年は取材班に聞かれたから答えただけ)

「いい知らせ(おばあさんが死んだ知らせ)があるまで来るな」

「パンなんかいらない」と怒鳴ります

なんて大人気ない

結局エンジニアもクルド人を見下していたのです

それが少年への態度に出てしまった

クルド人問題や、クルド人に対する差別は

日本ではあまり知られていませんが

キアロスタミは、クルド人を亀に例えたのだと思います

傷付けられ妨げられても、自分の力で起き上がるしかない

でも冷静になってみれば、みんないい人だし親切

エンジニアは少年に八つ当たりしたことを、ちょっと後悔します

学校まで謝りにいくものの、そのときまた電話

(言い訳でなくもっと心のこもった謝罪をしろよ)

急いで丘に登ると、井戸を掘っていた若者が生き埋めになっている

エンジニアは若者を助けるため村人たちを呼びに行きます

人が死ぬことを待っていた男が、人の命を助けようとする

しかも若者(幸い酸欠で済んだ)を診た医者を

おばあさんの家まで連れて行き

自称仕事のない医者のバイクに乗せてもらい

おばあさんの痛み止めの薬を取りに行くという変わりよう(笑)

そして、このバイクでふたり乗りする風景の素晴らしさよ

黄金色に輝き、風になびく麦畑

イランてこんなに美しい国なんだ

次の朝おばあさんは死んでいました

取材班はすでにテヘランに帰ったあとで

カメラひとつ持って葬式に向かうエンジニア

そして弔いに来た女性たちの写真を何枚か撮ると

その場を去って行ったのでした

ただ最初の嘘は本当になりました

エンジニアは「宝探し」の「宝」を見つけることは出来たのです

人間にとっていちばん大切なものを

 

 

 

【解説】映画.COMより

イランの巨匠アッバス・キアロスタミが、小さな村を取材しに来たテレビクルーと個性豊かな住民たちの交流を描き、1999年・第56ベネチア国際映画祭審査員グランプリを受賞した人間ドラマ。首都テヘランから、クルド系の小さな村を訪れたテレビクルーたち。彼らはこの村独自の風習である葬儀の様子を取材しに来たのだが、村を案内する少年ファザードには自分たちの目的を秘密にするよう話す。テレビクルーは危篤状態のファザードの祖母の様子をうかがいながら、数日間の予定で村に滞在する。しかし数週間が過ぎても老婆の死は訪れず、ディレクターはいら立ちを募らせていく