ひとつの太陽(2019)

「世界で一番公平なのは太陽だ
 緯度に関係なく地球上のどの場所にも
   一年中公平に光を注ぐ」 

 

原題も「陽光普照」 (A-SUN )
ここでの太陽とはたぶん親(特に母親)のことでしょう

だけど親が子にいくら愛情を注いだからって
日向ですくすく可愛がってもらい成長する子もあれば
雑草のように踏みつけられたり
日陰のじめじめした環境で育つ子もいる


でもどの子が美しい花を咲かせ、実を作り種を蒔くかは
誰にもわからない

非行、少年犯罪、妊娠、受験、親の期待
若者の苦悩を全部詰め込みながら
ここまで綺麗にまとめあげた演出の巧みさには驚きます

「パラサイト 半地下の家族」と同年公開ですが
ひたすら台詞が多く五月蠅い「パラサイト」より(個人の感想です)
本作のほうがアカデミー賞に相応しかったのではないでしょうか(笑)

冒頭、バイクに乗ったチンピラ2人組が
飲食店で働く若者、オレンの手首を切り落とします
スープの中に落ちる手首

 

首謀者のアーフーは実刑
実行犯ツァイトゥは執行猶予でしたが
ツァイトゥの父親はアーフーの父親アーウェンに
ツァイトゥの保釈金をねだりに来ます
多額の保釈金を払えるわけもないアーウェンは
ツァイトゥの父親を邪険にします

時を同じくして15歳の少女シャオユーが
アーフーの子を宿ったと訪ねてきます
シャオユーは両親をバスの事故で亡くし
叔母(母親の妹で独身)に引き取られたものの馴染めないでいました
アーフーの母親は美容師で、シャオユーに仕事を教えながら
出産まで面倒を見ることにしました

アーフーの兄アーハオは医大を目指す予備校の優等生で
やさしくて心遣いがあり、アーウェンの自慢の息子でした
アーハオはその予備校でグオ・シャオゼンという女の子と出会い
親しくなります

その時アーハオがシャオゼンにした、司馬光の水がめの話 
アーハオは俗説とは違う、彼なりの解釈をしていました
これがこの物語のメインテーマだと思うんですね

司馬光は、幼少の頃から神童として知られていました
子どもの頃、庭で友だちとかくれんぼをして遊んでいたところ
司馬光は友だちのひとりが見つからないという
司馬光がその友だちを探しにいくと、大きな水がめを見つけます
みんなはきっとあそこだと騒ぎ、司馬光が石を投げて水がめを割ると
そこに隠れていたのは司馬光本人だったのです

シャオユーの妊婦検診の日、どうしても仕事を抜けれない母親は
アーハオに付き添いを頼みます
そこでアーハオはシャオユーに「アーフーに会いたい?」と尋ね
彼女を鑑別所に連れて行きますが面会できるのは家族だけでした
「知らなかった、ごめんね」

アーフーと面会したアーハオはシャオユーが来ていることを伝えます
シャオユーの妊娠を初めて知ったアーフーは驚き怒りますが
その時からアーフーは変わります

 

アーフーも本当は優しい男の子なんですね
でも幼い頃から優秀な兄と比べられ、父親から辱められ
捻くれてしまった

逆にアーハオはアーフーが羨ましかった
いつも親や周りの期待に答えなければならない
自分は何者なのか、本当に医者になりたいのか
そしてマンションから飛び降りてしまった

あんなにいい兄さんがなぜ死ななければいけないんだ
葬式に参列したアーフーは
「おまえが死ねばよかったのに」という思いを感じずにいられない
でも彼が捻くれることは、もうありませんでした

シャオユーと結婚
出所してからは洗車場で真面目に働き、夜はコンビニでアルバイト
シャオユーも子育てしながら美容師の卵として母親を手伝います
アーウェンもアーフーを少しずつ見直していくようになります

 

そこにやって来たのが、昔の仲間ツァイトゥ
彼はアーウェンが保釈金を払わなかったことを根に持ち
アーフーの職場までやって来て嫌がらせし
ヤバイ仕事を頼むようになるのです

アーフーの働く洗車場は、超高級車専用なので
ツァイトゥの態度はヒヤヒヤもの(笑)

アーウェンは何とかアーフーと付き合うのをやめさせようとしますが
ツァイトゥの挑発は止まりません

そしてツァイトゥに頼まれた現金引き渡しの日
ツァイトゥが行方不明になってしまいます

ヤバイ奴らがやって来てアーフーはリンチにあいますが
アーフーが大金を一銭も使っていなかったことで信用され
ツァイトゥが何者かによって殺されたことを知らされます

 

ツァイトゥも本当は祖母思いで気の弱い子だった
でも守るべきものがなくなって、反社会的になってしまった
彼の気持ちもわからなくはないですよね

洗車場の社長も過去に訳ありそうだし
アーハオの彼女シャオゼンも
鑑別所の太っちょも、片腕になったオレンも
みんな何かを抱えて生きている
苦しみを乗り越えようとしている

 

そしてこんな形でしか息子を守れなかったアーウェン
自分勝手でしかないけれど、それも彼なりの愛の示し方だったのです

ラスト、アーフーと自転車で2人乗りをする母親
とても微笑ましい光景だけど、お母さん
それ盗んだ自転車だから(笑)

 

監督の鍾孟宏(チョン・モンホン)は評判が高いらしいですが
日本では劇場公開になったことはないということ
脚本もですが、映像がとにかく素晴らしくバランスがいい
なんと監督自らも撮影しているそうです
(撮影監督の中島長雄は鍾孟宏のペンネーム)

興行に惑わされず、良い作品を求める
もしかしたら今一番注目すべき映画作家かも知れません


 

【解説】映画.COMより
次男の逮捕をきっかけにバランスを失った家族の崩壊と再生を描き、第56回金馬奨で作品賞など5冠に輝いた台湾発のヒューマンドラマ。チェン家の次男アーフーが事件を起こし、少年院に送られた。自動車教習所の教官である父アーウェンは問題児のアーフーを完全に見放し、医大を目指す優秀な長男アーハオに期待を寄せる。母はどちらの息子にも同様に愛情を注いでおり、夫婦の間には諍いが絶えない。ある日、アーフーの子を妊娠したという15歳の少女シャオユーがチェン家を訪れる。さらに追い打ちをかけるように、突然の悲劇が家族に降りかかる。監督は「ゴッドスピード」「失魂」のチョン・モンホン。2019年・第32回東京国際映画祭「ワールド・フォーカス」部門上映作品。
2019年製作/156分/台湾