灼熱(2016)

原題は「Zvizdn(クロアチア語で真昼)

ユーゴスラビアの分離独立に伴っての

クロアチア人と、セルビア人(とスロベニア人)の

ユーゴスラビアからの分離と民族対立をめぐった紛争の

前とその後を描いた3つのオムニバス(ラブ・ストリー)

クロアチアスロベニアセルビア合作

テーマは「1つの愛、2つの民族、3つの時代」ということ

まずはユーゴスラビア近現代史を超省略解説

 

1918年、第一次世界大戦で敗戦したオーストリア=ハンガリー帝国は解体

セルビア王国主導の多民族国家ユーゴスラビア王国が誕生します

その頃から主導的なセルビア人に対し他の民族

特にクロアチア人は不満をもつようになります

しかも第二次世界大戦ではナチス・ドイツ、イタリア、他の東欧諸国に侵攻され

傀儡(かいらん)政権(名目上は独立しているが外国に支配される)地域に

分断されてしまいます

そこで人民解放軍パルチザン)の司令官チトーは

(父はクロアチア人、母はスロベニア人)

枢軸国(第二次世界大戦で連合国と戦った国)に対抗

ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の設立に貢献し初代首相

2代大統領(後に終身大統領)を勤めることになります

チトー政権下は国内の工業化やインフラ整備し経済成長

教育や医療費は無料、社会主義国家でありながらソ連と対峙し

人々は自由な生活を送ることができました

 

絶えず民族間の分裂や紛争の危機はあったものの

チト―の少数民族にも配慮した政策とカリスマ性

民族主義者の過激な活動抑え、国内の秩序を安定させていたのです

1980年、チトーが死去

その後チトーの後継者は現れず、インフレと失業率は上昇し経済は低迷

1989年、冷戦が崩壊すると同時に民族や宗教間の対立が激化

1991年(~2001年)、ユーゴスラビア紛争が勃発

民族浄化のための凄惨なジェノサイド(大量虐殺)レイプ

追放が行われるようになったのです

 

映画はすごくシンプルで、何も語らない

人間が本当に悲しい時、残酷な目に遭ったとき

それを表現する言葉は決して見つからない、と言うように



1部、1991

恋人たちがアドリア海の浜辺で戯れています

女性の名はイェレナ(セルビア人)で男性の名はイヴァン(クロアチア人)

イェレナの兄はもう二度と海には行くな、男と会うなと命令します

しかし兄たちがセルビア人の自警団を作り私設検問所を設置

クロアチア人が村に出入りできないようにしているため

イェレナは自分がクロアチア人の村に行くしかないのです

村の小さなお祭りでビールを飲みながらイヴァンの楽隊の音楽を聞く

そこに兄が迎えに来てイェレナを無理やりを車に引きずり込み連れ去ります

イェレナを心配して追いかけてきたイヴァンは

検問所で兄の仲間に撃ち殺されてしまいます

 

ひとりでおばあちゃんの面倒をみている優しいイヴァン

手に持っていたのはトランペットだけだったのに



2部、2001

紛争が終結し、ナタシャとナタシャの母は荒れ果てた我が家に戻ってきます

そこで家を修復するため、修理工のアンテが雇われます

 

ハンサムで真面目でよく働くアンテを母はすぐにお気に入り

でもナタシャはアンテがクロアチア人なのが気に入らない

母がアンテと仲良く話すのも気に入らない

そのわりには下着同然のような服装でうろついたり

料理を作ろうとしたり挑発するんですね

本当はアンテのことが気になってしょうがない

アンテはそれを見て見ぬふりをしています

ついにナタシャは海に連れて行ってとわがままを言い

ふたりは泳ぎ、一瞬楽しく過ごすのですが

そこでナタシャは兄をクロアチア人に殺されたと

それに対しアンテは父をセルビア人に殺されたと

結局溝を埋めることはできませんでした

ぎくしゃくした関係のまま、ついに家が完成

アンテが去る日、ナタシャは突然彼を求め激しくフェラチオをします

若い男の性欲はそれに耐えられるものではありません

ことが終わりアンテはナタシャに「愛」を求めますが

「これきりよ」と断られてしまいます

彼女はクロアチア人の男たちに同じことをしてきたのでしょう

生き延びるために

アンテは「引っ越したばかりで大変だろう」と

ナタシャの母から修理費は受け取らず

ナタシャが見送る中トラックで去って行くのでした

反抗的な娘に母親が「私は家畜ではないのよ」と

キレるシーンが印象的


3部、2011

友人と田舎の村に帰ることになった大学生のルカ(クロアチア人)

途中ヒッチハイクをしている2人組の女の子を乗せ

夜はレイブ(ダンス音楽)パーティの予定

酒に酔い、思いに任せ、気になる相手がいたら一夜を過ごすのが目的

ルカはパーティの前に両親の家に立ち寄ります

両親は驚き歓迎してくれますが、お互い居心地が悪い

なぜか

次に彼が向かったのはかっての恋人マリヤ(セルビア人)の家でした

彼女には幼い男の子がいました

ルカはマリヤとの交際を両親に反対され

マリヤを捨て逃げるように街の大学に進学したのです

マリヤが妊娠していたのにもかかわらず

 

突然の訪問にマリヤは驚き、拒絶しますが息子の父親

ルカが生活(お金)のことを心配すると

父の残してくれた遺産でどうにかやっていると答えます

世紀末を思わせるような乱痴気パーティが終わり

再びルカはマリヤの家に行き玄関の前でうずくまります

窓越しにルカの姿を見つけたマリヤは

彼に背を向けたままそっと扉を開けるのでした

「彼女」と「彼」はすべて同じ役者が演じているんですね

全く違う男女の物語なんだけど、どこかつながっているようで

いくら戦争が終わっても、年月が過ぎても、愛し合っていても

セルビア人とクロアチア人がやり直すことが難しいことがわかります

家族を殺され拷問され、家を破壊された恨みは

決して消えることはありません

 

だからこの映画で最も描きたかったのは

3話目のラストではないかと私は思います

「扉は開けたままにしてほしい」

すなわち「赦し」なのだと

ちなみにクロアチア人、セルビアスロベニア

どう区別されるかは、自分の認識で決まるそうです

ユーゴスラビアでは「あなたは何人ですか」という

クロアチア」「セルビア」「スロベニア」「その他」の

10年ごとに行われる国勢調査の質問にどう答え

その人が何人かが決まったそうです

 

 

【解説】

クロアチアユーゴスラビアからの独立をめぐり、クロアチア人とセルビア人との間で起こった民族紛争を背景に、3つの時代の3つの恋愛を描いた人間ドラマ。2015年の第68カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した。1991年、クロアチアユーゴスラビアからの独立をめぐって、クロアチア人とセルビア人の民族対立が激化。仲の良かった隣人同士が、民族の違いを理由に戦い、殺し合うことが日常の光景となってしまった。本作は紛争ぼっ発時に一夜にして敵同士となってしまう1991年編、紛争終結後に互いの民族を憎しみながらも激しく惹かれあう2001年編、平和が戻り過去の憎しみを乗り越えようとする2011年編と、3つの時代を舞台に、セルビア人女性とクロアチア人男性の2人の若者を主人公にした異なる登場人物による3つの物語が展開。ゴーラン・マルコビッチ、ティハナ・ラゾビッチの2人が、それぞれの時代の3組の恋人たちを演じる。監督はクロアチア出身のダリボル・マタニッチ。15年・第28東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門では、「灼熱の太陽」のタイトルで上映されている。