原題は「大象席地而坐」(象は席に座る)
(「サタンタンゴ」(上映時間7時間30分)で知られる)
を師と仰いだというだけあって(雰囲気はガス・ヴァン・サントだけど 笑)
長回しの圧倒的な力のある、監督の胡波(フー・ボー 1988年山東省生)の
長編デビュー作にして遺作
映画会社やプロデューサーと
資金面や長大さをめぐって折り合いがつかず
(長尺な映画はよほど有名な監督でない限り配給会社が買ってくれない)
2時間に編集した短縮版を上映しようということになり
異議を唱えたフー・ボーはプロデューサーに4時間版は駄作だと罵られたうえ
病院に行けと言われてしまいます(フー・ボーは時々錯乱することがあった)
2018年8月
「この映画を完成させるのに1年かかったのに
最後には僕のものではなくなった 映画を守ることができなかった
映画は消されるだろう」というメモを残す
2018年10月
友人たちと酒を飲み、死について語り合い、その数日後の10月12日
自宅で首を吊って死んでいるのを発見されます
現場には酒瓶が残されており、プロデューサーは警察の取り調べに対し
「この変人は酒飲みで、薬をやったり、会社の女優にも手を出していた」
と話したそうです
しかし彼の死の話題性のおかげで
映画の検閲も、映画祭参加も順調に進み
日の目を見たという皮肉さ
誰もが不機嫌でとげとげしく
SNSでは意味も無く他人を誹謗中傷し
人が人を信じられない社会
これは監督自身の心の闇なのか
それとも今の社会(中国)を示しているのか
おそらく両方なのでしょう
満州里のサーカス団の象を見ることに希望を託す
高校生と老人、それに係わる人間たちの物語
そのサーカス団の象は、ずっと椅子に座っているという
誰かがフォークで刺しても、食べ物を投げつけても、無視されても
黙ってそこに座っているという
なぜ彼らはその象を見なければならないと思ったのか
舞台は、北京から約400キロにある
河北省石家荘市井陘県(かほくしょう せっかそう-し せいけい-けん)
という、荒涼とした寒村が密集する炭坑産業の町
高層マンションの一室
チンピラのユー・チェンが、その象の話を女に語っています
彼女は親友の妻ででした、しかも情事がばれチェンの目の前で
親友は飛び降り自殺してしまいます
オマエがマンションを欲しがったから借金に苦しんでいたと
死んだ親友の責任を、すべて女になすりつけるチェン
とある高校
高校生のブーがスマホを盗んだ容疑をかけられた友人をかばい
校内のボスを誤って階段から転落させたブーは逃げ出し
ブーにただひとり優しかったおばあちゃんを頼りに家出します
しかしおばあちゃんは、ベッドで孤独死していました
ブーと同じアパート
ワン・ジンは娘夫婦に邪険にされていて
飼い犬と孫娘だけが癒しの存在でした
その愛犬が、大きな白い犬に噛み殺されてしまいます
飼い主から謝罪はなく、金をせびりに来たのだと思われてしまう
今さら親子の愛情なんてない
親友や身内が死んでも、悲しくない
裏切られるのもあたりまえ
でも、どこか遠くに行ったら、こことは違う世界があるかも知れない
音楽が鳴り、ネオンが輝き、道化師が玉乗りをする夢のサーカス団
そこには座っている象がいるという
家庭に居場所を見つけられない彼らが
自然とそこに向かったのは当然なのかも知れません
ユー・チェン(チャン・ユー)
町の有力者の息子でチンピラ
親友の妻と不倫し、親友を自殺させてしまう
親友の妻(ワン・シャーヤン)
チェンとは幼なじみ
突然夫が帰宅し、ユー・チェンと鉢合わせになってしまう
ウェイ・ブー(ポン・ユーチャン)
失業中の父親から罵声を浴びる日々の高校生
チェンから逃げるため隣に住む老人、ジンからお金を借り
駅で声をかけてきた男から満州里への切符を購入しますが
切符は偽物、男を問いただしてもシラを切られてしまいます
意外にも助けてくれたのはチェンでした
ワン・ジン(リー・ツォンシー)
持ち家に娘夫婦が居候しているにもかかわらず
孫娘の教育のため老人ホームへ入居するよう催促されている
ホームでは犬を飼えないことを理由に断っていたが
その愛犬が迷い犬に咬まれ死んでしまう
娘にそのことを伝えると
「死んでよかった、これで老人ホームに行けるわね」と言われ
ジンは思わず孫娘を連れ駅に向かい満州里行きの切符を買うのでした
アン・リン (ワン・ユーウェン)
ブーが思いを寄せている同級生
学校の副主任と不倫していて、母親には拒絶されている
何者かにより、副主任と逢引している動画が拡散され
学校にも家庭にも居場所がなくなり
ブーと一緒に象を見に行く覚悟を決める
アン・リンの母(ワン・ビン)
セールスの仕事をしていて1日中家にいない
男癖が悪く酒浸り、家事は一切せず家庭環境は劣悪
「妊娠しちゃだめ」「人生失敗」と娘を脅し関係が悪い
シューアイ(シャオ・シャオユアン)
チェンの弟、町の父親の権力を利用し学校ではボス的存在
ブーと揉み合い階段の転落死で死んでしまう
リカイ(リン・シェンフイ)
ブーの親友、彼を信じシューアイから守った
しかし実際は、シューアイに自身の動画(放尿シーン)を盗撮されたため
シューアイの携帯を盗み
一方でアン・リンの不倫動画を学校内に拡散させた曲者
父親の銃を持ち、ブーとチェンを追いかけた駅で自分に銃口を向ける
副主任(ドン・シェンロン)
アン・リン を特別に贔屓(ひいき)していて
学校外で食事を奢ったり、部屋に連れ込んだりしている
が妻にバレれてしまい、生徒に無理やり誘惑されたと言い訳したため
妻はアン・リンの家に押しかけ暴れ、副主任はリンにバッドで殴られる
被写体の背景をぼかすことで、登場人物の孤立を表現するのは面白いし
バックショット、長回し、影に等しい背景もうまい
(が次第に飽きてくる、多用もほどほどが大事 笑)
緊張感から解放されたラストはよかったですね
予定の列車が発車せず、バスで満州里(の近く)まで向かうことにした
ブーと、アン・リンと、ジンと、ジンの孫娘の4人
真夜中、バスから降りたブーたちが羽蹴りをする
遠くからかすかに聞こえる象の鳴き声は
本物なのか、幻なのかはわからない
「お前に拒絶されたからだ」
「俺の人生はゴミだ 毎日ゴミばかり 掃除してもすぐにゴミがたまる」
「あなたクズなの?それともクズのふり?」
「何のために存在するのかは誰もわからない」
「殺されるよ」「それもいいな」
「お前を守ってやる」
「俺も含めてお前らゴミだ みんな死ね!死ね!死ね!」
「生きてるなんてロクなもんじゃない 死ぬまで苦痛が続くんだぞ」
「人はどこにでも行ける そして気づく どこでも同じだと」
「あんたのその態度 気に触る」
「ハゲと寝て契約しろ」
「あんたは人生のことを何もしらない」
「吐き気がする」 「私も吐きたい」
「私を侮辱して楽しい?」
「惨めな人生 そんなものよ!」
「何もかもおしまいだ 全てお前のせいだ」
「何処へ行っても何も変わらない ただ同じ失望があるだけ」
「1番いい方法はここにいて、向こう側を見る事だ」
「行かないからここで生きることを学ぶ」
「わかってない お前はまだ期待してる」
「ここに居て、向こうの世界をより良い場所だと思うのが一番いい」
「世界は一面の荒野だ」
「彼の映画は永遠に私たちと共にある」ータル・ベーラ
【解説】KINENOTEより
第68回ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞および最優秀新人監督賞スペシャル・メンションを受賞、フー・ボー監督の遺作となった人間ドラマ。不良を過って突き落としたブーら事情を抱える4人は、一日中座り続ける象の噂に希望を見出し、町から出ようとする。フー・ボー監督は自らの短編小説を基に本作を制作、完成後に29歳にして自らの命を絶った。第55回金馬奨作品賞・脚色賞・観客賞ほか海外映画祭にて多数受賞。第18回東京フィルメックス・コンペティション出品作品。
炭鉱業が廃れた中国の小さな田舎町。友達をかばった少年ブーは不良の同級生シュアイを過って階段から突き落としてしまった。町で幅を利かせるシュアイの兄チェンらに追われ、ブーは町を出ようとする。友達のリンや近所の老人ジンを巻き込み、遠く離れた満州里にいる一日中ただ座り続けているという奇妙な象の存在にわずかな希望を抱き、それぞれの事情を背負う4人は歩き始める。