高知のジョージ・チャキリス(勝手に言ってます 笑)
ギドラさんからのプレゼント第二弾レビュー
原題は「Jungfrukällan(英題The Virgin Spring)」(処女の春)
原案はスウェーデンの南部地方に伝わる民話(言い伝え)
インスピレーションを受けたという本作
ベルイマンは難解、キリスト教を理解していなければわからないと
よく評されていますが、そんなことはないと思います
むしろ単純
一貫したテーマは遠藤周作の「沈黙」と同じ
「神の不在」
ひとり娘のカリンを遠くの教会におつかいに出した片田舎の富豪
娘はまだ幼く我儘で無邪気、お出かけ用の一張羅に身を包み
妊婦の養女(といっても侍女の扱い)インゲリを従い
森の中を進みます
途中カリンとインゲリは妊娠のことでちょっとした口論になり
インゲリは体調が悪くなったとカリンをひとりで教会に向かわせます
貧しい羊飼いの兄弟三人とすれ違ったカリンは
彼らにパンと飲み物を分け与えました
世間知らずのやさしいカリン、そのまま兄ふたりに強姦されてしまう
それを岩陰で見ていたインゲリ、手には石を持っていた
カリンを襲った男たちを殴りに行こうと、でもしなかった
その夜、3兄弟が宿を求めたのは
なんとカリンの父親、テーレの家でした
テーレは快く彼らに温かい食事と簡易な寝床を与える
そのうえよかったらウチで働いていいとまで言う
しかし妻メレータが兄弟から「高価なものだから買って欲しい」と
受け取った衣装は愛娘のものでした
彼女はどこかで身包みを剥がされたのだ、しかも衣装は血だらけ
テーレは何があったのかインゲリに詰め寄ります
そしてカリンが恥辱され殺されたことを知らされるのです
テーレはインゲリを咎めませんでした、なぜか
人の不幸を望むことは正しいことではないけれど
神や悪魔に祈ったからといって、簡単に願いが叶うものではない
(告白すれば許される)
本当の罪は娘を殺した男たちにある
そして罪は、若い娘だけで日帰り出来ないような遠い教会に行かせた
自分にもある
テーレは一本の木を倒し、インゲリに風呂(サウナ)を沸かすよう命じます
なんのためか
自らの死を覚悟し挑むときは身を清めなければならない(日本の切腹と似ている)
そして娘の無念を晴らすため、男たちを殺しに行く
たとえテーレでなくても、娘を持つ父親ならば
(今の時代でも出来ることなら)同じことをすると思います
ただ無実の幼い少年にまで衝動的に殺してしまいます
罪のない人間を殺した罪、自分も鬼畜たちと同じなのか
テーレは激しく後悔することになるのです
テーレ (マックス・フォン・シドー)
裕福な地主で敬虔なクリスチャン
カリンに教会にろうそくを届けるよう命じる
(処女でなければ届けることができないらしい)
メレータ(ビルギッタ・ヴァルベルイ)
テーレの妻でありひとり娘のカリンを溺愛している
カリンが自分より夫に甘ることで夫に嫉妬している
カリン(ビルギッタ・ペテルソン)
テーレとメレータのひとり娘
両親に溺愛され、我儘だけれど純真で率直、他人を疑うことを知らない
教会にろうそくを届けに行く途中
貧しい羊飼いの兄弟に食事と飲み物を分け与えたところ
強姦され殴り殺され、衣服まで剥ぎ取られてしまう
インゲリ(グンネル・リンドブロム)
テーレの養女で妊娠していて、カリンを妬み嫌っている
オーディン(バイキング時代8〜11世紀頃まで信仰されていたゲルマン神)を信奉し
カリンが陵辱され死ぬばいいと願ったことを告白する
シン(アクセル・デュベルク)ミュート(ハーズマントー・イセダル)
羊飼いの兄弟
カリンの家とは知らずテーレの屋敷に宿を求め
カリンを殺したことがばれてしまいテーレに殺されてしまう
少年(オーヴ・ポラス)
兄弟の末の弟(血が繋がっているかどうかは不明)
カリンの死の罪悪感に悩まされ、兄たちに折檻されている
乞食(アラン・エドウォール)
「見ることができないものを見、聞こえないものが聞くことができる」という
森の小屋に住む謎めいた男、インゲリに同じ仲間だと告白する
呪術的な薬を差し出し「3人の死神がカリンに近づいている」と言うと
インゲリは男の小屋から逃げカリンを追うことにする
サイモン(オスカー・リュング)
テーレの家に住む僧、少年への小児性愛を匂わせる
一家はカリンを森に探しに行く
昨日まで無邪気に甘えてきた娘が、今は動かない肉の塊
そして昨日までは信仰を信じ、神の教え通り人に親切に
貧しい人間に糧を与え続けてきたのに
こんなにも惨い仕打ち、しかも今朝には罪人になってしまった
天(神)を仰ぎ「私には分からない」と呟くテーレ
だから娘の亡骸のそばに教会を立てようと誓う
(若い娘が遠くの教会までいかなくてもいいように)
そうして両親がカリンを抱きかかえたとき
カリンの頭の下から突然水が湧き出ます
人々の罪を洗い流す如き流れる処女の泉(湧水=春の訪れ)
インゲリはそっとその水をすくい顔を洗うのでした
純真無垢な少女が恥辱され殺され、父親が復讐するというプロットと映像は
リリース当時はかなりセンセーショナルを巻き起こし
上映中に観客は出ていく、観客が泣き崩れる
強姦シーンはカット、地域によってはわいせつとして上映禁止されたそうです
だけど美しい
西洋の絵画と同じ、怖さとグロテスクのなかにあるからこそ
美しいものがより美しく輝く
万人向けする作品ではありませんが
「アート・クラッシック」好きの方にもオススメだと思います
ギドラさんのおかげで、ベルイマン傑作中の傑作のひとつも
見ることができました
感謝感激、愛と投げキッスをお返しさせてください(笑)
【解説】allcinema より
16世紀のスウェーデン、片田舎の豪農の一人娘がある日曜日、遠方の教会にロウソクを捧げにいく。お供の養女は、今は邪教となったバイキングの古い信仰に傾倒しており、美しく世間知らずの娘に嫉妬して途中で同行を渋る。先に出発した娘は森で三人組の少年乞食に会い、弁当を振舞うが、その優しさが仇となって殺されてしまう。その後彼らは、豪農の家に一夜の宿を求めるが、娘から奪った衣服に気づいた豪農に報復される。翌朝、娘の殺害現場に出向いた彼は、亡骸を見て泣き崩れる。そして、自分のしたむごい仕打ちを悔やみ、償いとしてこの地に教会を建設すると神に誓う。すると娘の死体の下から、こんこんと泉が溢れ出す……。この上なく美しいバラッドの世界。復讐という概念を乗り越えてこそのキリスト教信仰を、ベルイマンは静謐な映像で問いただすのだ。