原題は「THE BIBLE:IN THE BEGINNING」(聖書:最初に)
神様が本当にいるなら、どうして世界は戦争や不幸や哀しみばかりなのか
ベルギー人監督のジャコ・ヴァン・ドルマルの
「神様メール」”原題Le tout nouveau testament:新・新約聖書” (2015)
を見たときすごく納得した
それは神様がカスで気まぐれだから
本作は「天地創造」の七日間より始まり、「アダムとイブ」「カインとアベル」
「ノアの方舟」「バベルの塔」「ソドムとゴモラ」「アブラハムとイサク」の
7つのエピソードをほぼ旧約聖書どおり制作
それをジョン・ヒューストンが監督・主演、神様の声まで演じている
ジョン・ヒューストンは数々の破天荒なエピソードを持ち、結婚も5回(笑)
とてもじゃないが信仰が深そうに見えない
それがなぜ聖書重視の作品を撮ったか
ジョン・シューストンも神様と同じ、クソだからだ
映画としては約3時間の長尺ながら
旧約聖書を読むのに比べて、非常にわかりやすい
説教臭さを感じることもありません
神は1日目に天と地、2日目に空を、3日目に大地と海と草木
4日目に星、5日目に魚と鳥、6日目に獣と、アダムとイヴを造る
7日目、神はアダムとイヴに“エデンの園”を守るよう告げ休もうとしますが
イヴがヘビの姿をした悪魔にそそのかされ
神から決して食べてはいけない(人間は馬鹿のままでいろ)
と言われた“禁断の木の実”をアダムと一緒に食べてしまいます
神の怒りに触れたアダムとイヴはエデンの園を追放され
アダムには労働を、イブには出産の痛みを与えられます
(神の嫌がらせ1:怪我でも病気でもないのに女性にだけ痛みを与える)
アダムとイヴとの間には長男カインと次男アベルが生まれ
やがて成長したカインは農作物を育て、アベルは羊飼いになります
収穫の季節になりカインとアベルは神にお供えをすると
嫉妬で怒り狂ったカインはアベルを殴り殺してしまう
(神の嫌がらせ2:気に入らない贈り物はばかにする)
神はカインの額に印をつけ、エデンの東(ノドの地)に追放します
そんなカインも妻をめとり(この女はどこから来た?)
カインの子孫は世界中に増えていきすが(子だくさんさったんだな)
人々の心には悪が宿り、神は全て滅ぼそうと決意します
そんな中アベルの三男セトの子孫であるノアは厚く神を敬っていました
神はノアだけに、大洪水を起こすから方舟を作って
家族と動物を一つがいずつ乗せて逃げるように指示をします
(神の嫌がらせ3:自分をチヤホヤしない人間はすべてクビ)
40日間雨は降り続き、地上はすべて消えてしまい
ノア一家と動物たちを乗せた方舟は新天地、アララト山に流れ着きます
時は流れ、ノアの子孫であるニムロド王は天まで届く"バベルの塔”を造り
天に向かって塔のてっぺんから矢を放ち、神に挑戦します
(このときすでに人々は王と奴隷に分断されている)
神は"バベルの塔”を破壊し、人々の意思が通じないよう
お互いの言葉を理解できないようにしてしまいます
(神の嫌がらせ4:(洪水で生き延びる知恵がついたので)言葉を通じなくする)
さらに時は流れ、最初の予言者アブラムは
妻サライと、亡き弟の子ロトと、従者を連れ放浪の末カナンの地で放牧を始めます
しかしアブラハムの部下と、ロトの部下が対立するようになり
ロト一家とロト派はソドムの町へ引っ越すことにします
アブラムとサライは子どもに恵まれなかったため
サライは女奴隷ハガルを夫に与え、ハガルはアブラムの子を身籠もります
その時、ヨルダンの4ヶ国の王が手を組み
ソドム・ゴモラ・アドマ・ツェボイム・ツォアル5ヶ国の同盟軍と戦争となり
ソドムのロトとロトの家族が捕虜になってしまいます
アブラムはソドムに攻め入り、ロト一家と仲間を救い出すと
神は(改名して)アブラハムとサラに子が授かると約束するのです
ハガルはアブラハムとの息子イシュマエルを出産しますが
アブラハムはイシュマエルに祝福を与えようとしません
しかしアブラハムとサラが老いても子はできませんでした
諦めかけた時アブラハムのもとに神の使者が現れ
サラに男の子が授かることと、ソドムとゴモラを滅ぼすことを伝えます
ソドムを訪れた使者はロトに家族を連れて逃げるよう伝え
何があっても決して振り返ってはいけないと警告します
(何があっても振り返ってはいけない、あるある)
使者はソドムの住民の視力を奪い、町を滅ぼしていきます
(神の嫌がらせ5:一瞬で町も住民も滅ぼす)
ロトは家族と脱出して山に向かいますが、ロトの妻が振り塩の柱になってしまう
(神の嫌がらせ6:塩の柱にされるのは女性)
アブラハムとサラとの間にはお告げ通り、息子イサクが生まれます
(いくら神のお告げでも頑張ったわ)
サラはアブラハムにハガルとイシュマエルを追放するよう迫り
アブラハムはイシュマエルもわが子だと断るのですが
神はサラの言葉に従うよう指示します
(神の嫌がらせ7:妾とその子どもには何もやらない)
神はふたりを追放したアブラハムに、今度は成長したイサクを連れて
山に向かい彼を生贄に捧げるよう命じます
アブラハムは焚火に火を点け、ナイフでイサクを殺そうとしたその時
神の声がアブラハムを止め”信仰心を確かめるため”だったと
その場にいた山羊を代わりに生贄にし、試練を乗り越えたアブラハムを神は祝福
「汝の子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう」約束するのでした
(神の嫌がらせ8:長男(跡継ぎ)を殺すかどうかで忠誠心を試す)
これって、ただのハラスメント、しかも女性蔑視
ひたすら神の暴虐に耐え忍べと教えているだけ
でも、形を変え、言葉を変え、宗教が変わっても
今でもこの思想がまかり通っている現実
さすが、ジョン・シューストン(笑)
「神様メール」では、親父(神)に反発したイエス・キリストが
妹のエアに今の時代にあった「新・新約聖書」を作るようアドバイスします
女神が作った空は花模様、偏見も差別もない自由な世界がやってくる
でも女性がリーダーのほうが社会はうまくいく傾向は
女性が優れているからじゃない
男性が怠けているだけだと思います
【解説】allcinema より
旧約聖書のエピソードから、天地創造に始まり、ノアの箱船に至る物語を描いたスペクタクル巨編。禁断の木の実を口にしたアダムとイブは、知恵を得た代わりに楽園を追放される。そして地に悪徳がはびこった時、神は世界を水で洗い流すことを告げる……。聖書にそって、ノアの箱船、バベルの塔、ソドムとゴモラの滅亡などのエピソードが展開されていくが、J・ヒューストン監督作品としては大味な印象はまぬがれない(ラウレンティスが製作したから、という見方もあろうが)。音楽は日本から黛敏郎が招かれ、重厚な楽曲をつけている。