「マルコが好きなのはハッピーエンドだった」
原題は「ANY DAY NOW」(いつの日か)で
ボブ・ディランの「I Shall Be Released」(1967)
(私は解放(釈放)されるべきだ)のサビの部分の歌詞になります
この映画を見て、ふと思い出したのが
2016年7月に発生した「相模原障害者施設殺傷事件」
45人が刺され、うち19人が死亡したという事件で
殺人罪などで植松聖(さとし)被告(当時29歳)に死刑が確定されました
植松被告は、逮捕時に「障害者はこの世からいなくなれば良いと思った」と語り
「障害者は人間ではない」「生きる価値がない」という
植松被告の言葉を名言と呼び、「植松思想」(優勢思想)に
共感する人は多くいるということです
この映画は植松被告のように、障害者を殺傷するものではありません
しかし私たちは、無意識のうちにマイノリティを見捨てているのかも知れない
優勢思想にとっての正義とは何か、法律とは何なのか
世の中はなぜ変えられないのか、考えさせられます
1979年、カリフォルニア
ゲイバーでダンサーをしているルディは、ポールという男性と知り合い
その日のうちにカーセックス
警察官に職務質問され彼が検察官であることを知ります
真夜中にアパートに帰ると、隣の部屋では女が薬に溺れ
(ダウン症で金髪の女の子の人形を離さない)息子のマルコを置き去りにして
男と出かけたまま帰ってきませんでした
仕方がなくマルコを部屋に泊めるルディ
翌朝ルディはポールに相談しようと電話をかけますが取り次いでもらえない
しかたがなくマルコを連れポールの事務所に直談判に行きます
ところがポールに他人のふりをされ、 家庭局に相談すればいい
お金が欲しいのかとまで言われ、呆れてしまうルディ
ここでルディの過去は一切描かれていません
なぜマルコを保護したのか、なぜ家庭局に入れたくないのか
家庭局を「あんなにヒドイところ」と嘆き
ダウン症の子どもが里親を見つけるのは難しいと訴える
ルディのマルコに対する思いにポールは胸を打たれ
マルコの母親が入所している間、養育できる権利を取れるよう取り計らいます
環境のいい住まいの確保のため、ルディはポールのいとこと偽り
ポールの家に同居することにします
そしてルディとポールとマルコ、3人の共同生活が始まりました
マルコは偏食で食事に一切手を付けません
好きな食べ物を聞くと「ドーナツ」と答えます
ネグレストの母親からドーナツしか与えてもらえなかったのでしょう
なんとかバランスの取れたヘルシーな食事を食べさせたいルディと
「たまにはいいじゃないか」とチョコレートドーナツを差し出すポール
その姿はまるで本当の我が子を育てる夫婦のよう
それはマルコにとって今までで一番美味しいドーナツだったのでしょう
満面の笑みがこぼれ、それを幸せそうに見つめるふたり
(高級店で売ってるような高価そうなドーナツだった 笑)
ポールはマルコに勉強を教え、ルディは寝る前にお話を聞かせる
学校に通いはじめ、学習面でも情緒面でも成長していきます
ハロウィンにはフランケンシュタインとフランケンの花嫁の仮装
クリスマスや誕生日にはホームビデオの撮影
ルディはポールの薦めでレコード会社にデモテープを送り
ブロードウェイのバーから、歌手として雇いたいと連絡が来る
何もかも順調に行っていたのに
検事局の上司のホームパーティーにルディと呼ばれたポールは
そこで同性愛者だとバレてしまい職場をクビになってしまいます
しかも同性愛家庭は教育に良くないとマルコが家庭局に保護されてしまう
ルディとポールは裁判を起こしマルコを取り戻そうとしますが
ルディがマルコをゲイバーの楽屋に連れていったことがあること
マルコの前で(ハロウィンの仮装なのに)女装したことを理由に
ルディとポールの元で暮らすのはふさわしくないという判決が下されます
それでも諦めきれないふたりはロニーという黒人の凄腕弁護士を雇います
しかし(検事による裏取引により)母親が仮出所させられ
マルコを引き取ると証言したため
養育権は母親に戻ってしまい、どうにもなりません
接近禁止命令でマルコに近づくことさえ許されないのです
再び麻薬に溺れ、マルコを部屋から追い出し男を連れ込む母親
マルコはルディとポールの家を探し、夜の街を彷徨い歩きます
そしてポールによって、判決を下した裁判官や検事に
新聞の片隅に載せられた短い記事が届けられます
それはダウン症の少年が橋の下で死んでいたというものでした
ルディは歌う、いつの日か自由になれる
そんな日がきっとやって来るという願いを込めて
♪~Any day now, any day now I shall be released
舞台は今から40年以上前の70年代
でもマイノリティへの差別は今でも減っているとは思いません
植松被告やトランプのように「排斥すべきものを排斥するのは当然の行為」
と考える人間がいる限り、このよう事件がなくなることはない
それでもこの作品を美しいものにしているのは、なんといってもルディの強さ
差別されても、偏見の目で見られても、マルコを助けようという絶対的母性
アラン・カミングの繊細な演技が光ります
ハッピーエンドではないラストに心が痛みますが
大切なことがたくさん詰まった映画でした
【解説】allcinemaより
1970年代のアメリカを舞台に、世間の無理解と葛藤する一組のゲイ・カップルが、親に見放されたダウン症の少年と一つの家庭を築き、家族としての愛情と絆を育んでいくさまと、やがて少年を守るため、理不尽な差別や偏見に対して決然と立ち上がる姿を描いた感動のヒューマン・ドラマ。主演は「アニバーサリーの夜に」、TV「グッド・ワイフ」のアラン・カミング、共演にギャレット・ディラハント、アイザック・レイヴァ。監督は俳優出身のトラヴィス・ファイン。監督作はこれが日本初紹介となる。
1979年、アメリカ。ゲイのルディはシンガーを夢見ながらも、口パクで踊るショーダンサーとして働く日々。そんな彼にある日、ゲイであることを隠して生きる検事局の男性ポールが一目惚れ、2人はたちまち恋に落ちる。一方で、ルディはアパートの隣に暮らすダウン症の少年、マルコのことを気に掛ける。母親は薬物依存症で、マルコの世話もまともにしていなかった。そしてついに、母親は薬物所持で逮捕され、マルコは施設行きに。見かねたルディとポールはマルコを引き取り、面倒を見るのだったが…。