草原の輝き(1961)




「草原の輝きは戻らず
   花は命を失ったが
   嘆くことはない
 残されたものの中に力を見い出すのだ 」


1998年のアカデミー名誉賞で
エリア・カザンがブーイングを浴びる中
いち早く立ち上がりスタンディングオベーションした
ベイティの姿を覚えています



愛と性にストレートすぎるこの作品に
昔は拒絶反応を起こしてしまったものですが

長い年月の間に、相当な免疫がついてしまい(笑)
改めて鑑賞したら、やはり名作だと感動しました
まだ映画作りで規制が多い中、性への表現を
ギリギリまで攻めたことでも評価は高いでしょう
ワーズワースの詩の効果も絶大です

妻にしたい女性には純潔を求め
複数の男性と関係を持つ女性には肉体を求めるという
貞操観念(アメリカでは父親が息子に教えるのだな)


バッドの姉に列を作る男たちが怖い
堕胎のせいで妊娠しない身体なのでしょうか
いくら親への反抗心といっても
これでは身も心もボロボロになってしまいます


バット(ウォーレン・ベイティ)も大学を卒業したら結婚しようと
ディーニー(ナタリー・ウッド)と約束したにもかかわらず
同級生の女の子と関係を持ってしまう

ディーニーのショックは大きく
処女を守り続けたことに後悔し、性格は破たんし
自殺とも思える行動をします
そして精神病院へ

愛していたからこその行動が
親の過剰な期待と過保護が
ふたりをどん底まで突き落としたのです


それでも、終わり方がいい





泥だらけで作業着のバッドと
白いドレスのディーニーがあまりにも対照的で
今は住む世界が違うということがひと目でわかります

バッドには素朴で料理上手そうな奥さんがいました
そしてディーニーには、開業医として成功した婚約者がいました
ふたりとも幸せになったのです

でも、あんなに激しく燃え上がるような気持ちは
誰かを愛することは
もう二度とないことを知っている

バッドの奥さんは、事情を察しても何も言わない

いい女です


この、結ばれなかったふたりの
再会と別れという甘酸っぱい切なさは
ラ・ラ・ランド」(2016)でもありましたね


長い人生のなかでは一瞬の出来事でも
その時は辛さが永遠に続くと思ってしまう

若さという苦しさを描いた傑作でしょう



概説ウィキペディアより
1920年代のアメリカを舞台にエリア・カザンがメガホンを撮った青春悲恋映画。当時既にスター女優だったナタリー・ウッドの相手役に選ばれるというラッキーな映画デビューを果たしたウォーレン・ベイティがこの映画でスターになっていった。
母親から押しつけられた貞操観念と傲慢な父親の干渉で、愛し合う二人が悲劇を迎える。世界大恐慌を背景に青春と家族が描かれる。
のちに1981年にテレビドラマとしてもリメイクされた。劇中に作品のタイトルが出てくる、ウィリアム・ワーズワースの詩( "Ode: Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood")の一節が出て来る。
Though nothing can bring back the hour
Of splendour in the grass, of glory in the flower;
We will grieve not, rather find
Strength in what remains behind...



脚注
村上春樹川本三郎と一緒に書いた『映画をめぐる冒険』(講談社)の中で「この映画のことを想うとき、いつも哀しい気持ちになる」「あるいは僕の涙腺が弱すぎるせいかもしれないが、観るたびに胸打たれる映画というのがある。『草原の輝き』もそのひとつである」と書いていて、ナタリー・ウッドについては「青春というものの発する理不尽な力に打ちのめされていく傷つきやすい少女の心の動きを彼女は実に見事に表現している」という。