セールスマン(2016)

 
アプローチは「わらの犬」に似ていますが
イラン映画なのでペキンパーのような過激な描写は一切ありません
作中でも国家の検閲がいかに厳しいかが描かれています
 
それどころか、直接的な映像もなく、ただ匂わすだけのセリフ
見る側の想像力にすべて委ねているのです
 
 
タイトルはアーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」から
63歳になり、かってはやり手だったセールスマンの男が
仕事に行き詰り、弱り果て、やがて過去の妄想に生きていく物語
彼には情婦と関係していることを、息子に知られるという過去がありました
家庭的な夫である裏で、献身的な妻を裏切っていたのです
夫のエマッドは教師として働いており
妻のラナとともに小さな劇団で俳優もしています
そこでもふたりは夫婦役で「セールスマンの死」の公演を控えています
 
 
そんなふたりの住むアパートが工事のため突然崩壊の危機になってしまい
同じ劇団員の仲間から空き家を紹介されます
しかしそこには前の住人の荷物がまだ置かれたままで
「決して触らないで」という警告を受けたにもかかわらず
ラナは来なかった相手が悪いと移動してしまう
 
そしてある晩、入浴中のラナが何者かに襲われてしまうのです
近隣の住民の話では、前に住んでいた女性は「いかがわ」しく
何人も男を部屋に連れ込んでいたという
荷物を部屋から出したことに怒って、知り合いの男を雇って殴ったのだろう
とりあえず命に別状はなく後遺症もない、あとは警察にまかせよう
エマッドはそう思いました
 
しかし、部屋に忘れられた鍵に、携帯電話
犯人の車と思われるトラックは路上におきざり
引き出しの中には記憶にない現金
とても計画的な犯行とは思えない
 
ラナの様子もあきらかに異常で
警察には行かない、仲間には喋らないで、勤め先の学校は休めという
そんな彼女にエマッドはだんだんとイラつきはじめます
そして自分で犯人を捜そうと決心し
車のナンバーから簡単に持ち主は見つかりました
 
その若い男に荷物を配達してほしいと、強引に仕事を依頼するエマッド
しかしその日やってきたのは、義理の父親と名乗る初老の男でした
昼間は(結婚を予定している)娘婿が、パン屋で配達をするため
夜は自分がそのトラックを使い行商しているという
 
もうひとりの「セールスマン」
もうひとりの主人公
 
 
この3重の「セールスマンの死」という物語を
冷酷でありながらも、非常にうまく畳みかけていきます
隙のない巧みな構成と演出力には唸らずにいられない
 
しかしテーマが重いうえ、被害者夫婦の苦悩だけでなく
加害者の向こう側まで見えてしまうので、良心の呵責に心はざわつき
かなり疲れてしまうのも事実です
 
 
女性が性的被害を受けてしまうということは
本人の人生を狂わせるだけでなく
家族や周りの人々も巻き込んでいくのだと知らされ
 
まして肌を見せることを禁じられているイスラムの女性なら
自分が被害者にもかかわらず罪の意識に苛まれてしまうのもしょうがない
実際に性犯罪では女性側の非のほうが責められる国家的土壌があり
被害者のほうが絞首刑になる判例さえ存在しているということ
 
そんな事情もあるからか、ヒロインは犯人を赦そうとさえします
それは事件を解決しようとするより、ただ忘れたい
何もなかったことにしたかった
女性の再生するという強さもあるのでしょう
 
 
ほかの国の文化や習慣に干渉することは、決してできません
しかしイスラム社会の女性の立場が、将来的に少しでも向上できればと
同じ女性として願わずにいられない作品でした
アスガル・ファルハーディ監督の代理人
入国禁止という人種差別的な政策への抗議を表し
監督はアカデミー授賞式を欠席しました

 
【解説】ウィキペディアより
『セールスマン』(ペルシア語: فروشنده)は、アスガル・ファルハーディー監督・脚本による2016年のイラン・フランスのドラマ映画である。第69回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で上映され、シャハブ・ホセイニが男優賞、ファルハーディーが脚本賞を獲得した。第89回アカデミー賞外国語映画賞にはイラン代表作として出品されて受賞を果たした。